ある村の思ひ出
室町

その村には不労所得者もいれば乞食もいたが
多くは葦の舟に乗せられて流されてきた
物ぐるひのものばかりであった

村人は機織りを生業としていたが売れるわけ
ではなくまた売れるようなものでもなかった
村の者はそれぞれアルバイトをしてなんとか食いつなぎ
なにかしら織物を織っては互いに
品評しあっていた

かつては村の入り口に門もあったが今は
それも朽ち果て吹き抜ける風にバタバタ
と板切れが鳴っている
門をこしらへなくとももうだれも来るものが
ないのだ

そこへ笑うことしか芸のない男がひとり
ふらっと漂白してきた
しばらく厄介になるという名前は忘れた
じぶんがどこにいるかもわからないといい
ただ笑ってはいけないときに笑うという
妙なくせをもっていた
村人たちはただの怪しい奴という意味で
男を阿4と名づけた

じつはかつてこの村にはみずから街を逃れてきた
機織りたちが隠れるように住み着いて
仕方なく機を織って暮らしていたのだが
それがいつのまにかごっそり入れ替わっていた
殺されたのか襲われたのか自滅したのかだれも知らない
いま住んでいるのはみな親譲りの機織り職人ではない

あるとき村の長老が
めずらしくみずから織った布をみなが品評しているとき
阿4がけらけらと笑い出した
織物の出来を笑ったのではなくその老人が小学生低学年の
子どもにみえたのだ
とってつけたようなと阿4がケケケと笑う
これが阿4の口癖でだれの織物をみてもとってつけたよう
なと指さして笑った


半鐘が鳴った
「荒らしが来たぞ」
「荒らしが来たぞ」
もともと物狂いの性分をもつものたちの目が光った
村中からマサカリをもったものたちが走り出て
数分後に阿4は血まみれに惨殺されていた
バラバラになった臀部や腕や足首はかれらを運んで
きた運河に棄てられて阿4は町へ返された

おかしなことに阿4の首は川を流れながら
ぽかり浮かびあがりまだ笑っていた
汚らわしい出来事のあと村の者たちは
うつくしい織物を織ることにした出来上がったもの
にはこう記されていた
人権平和愛自由平等お父さんお母さんを大切にしよう
血まみれの手を洗おう













自由詩 ある村の思ひ出 Copyright 室町 2023-07-13 05:05:03
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