陽の埋葬
田中宏輔


目の前に一本の道が現われた。

この道を行けば、海に出る。

ほら、かすかに波の音が聞こえる。

見えてきた。

海だ。

だれもいない。

天使の耳が落ちていた。

また、触れるまえに毀れてしまった。

錘のなかに海が沈む。

この海を拵えたのは、天使の耳だ。

忘れては思い出される海の記憶だ。

生まれそこなった波が、一本の道となる。

この道を行けば、ふたたび海に出る。


  *


月の夜だった。
わたしは耳をひろった。

月の光を纏った
ひと揃いの美しい耳だった。

月の渚、
しきり波うち寄せる波打ち際。

どこかに耳のない天使がいないか、
わたしはさがし歩いた。


  *


──どこからきたの?

海。

──海から?

海から。

──じゃあ、これを返してあげるね。

すると、天使は微笑みを残し、


   *


月の渚、
翼をたたんだ天使が、波の声に、耳を傾けていた。

月の渚、
失くした耳を傾けて、天使は、波の声を聴いていた。

月の渚、
波の声は、耳の行方を、耳のない天使に囁いていた。

月の渚、
もう耳はいらない、と、天使が無言で呟いていた。


自由詩 陽の埋葬 Copyright 田中宏輔 2023-07-03 00:04:36
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