引幕(「廃家」[まち角8]改訂)
リリー

 地元走るローカル線を無人駅で降り
 山裾へのぼる細い道で足を止めた
 通りすがりの一軒家

 茂る枝葉を被った鉄の門
 奥に木造の二階建て
 軒下には蜘蛛の巣が灰色の層になっている

 一階の雨戸は半分だけ閉められていて
 縁側の大窓に引かれたままの厚地なカーテン
 ガラスの汚れから
 生地がかなり古びた物に見えてしまう

 その窓の側に
 手入れされず無造作に茎を伸ばしたバラが一株

 春よりも小さくて
  春よりも数なくて
   春よりも短くて
 その一株が

 春よりも一しお白く鮮やかに咲いている

 あのカーテンを最後に閉めた人はきっと
 いつの季節だったのか
 庭を 見ただろう

 一株の薔薇の白、が
 まるで声のない小芝居の台本の様に
 静まりかえる昼間の空間を圧してくるのだ
 
 
 


自由詩 引幕(「廃家」[まち角8]改訂) Copyright リリー 2023-06-20 15:03:33
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