シナリオ『百合崎高校馬券部始末記』①
平瀬たかのり

主な登場人物

葛城涼歌(16~18)高校生
川上千伽子(17~19)右同
環華織(17~19)右同
神楽キャロル(17~19)右同
井園遥(17~19)右同

浅田鉾市(69)書店アルバイト
佐倉真理(29)高校教師
備後剛士(17~18)高校生
葛城勝(48)涼歌の父
  美雪(47)涼歌の母
深沢正秀(55)校長
  英雄(28)中学教師・正秀の息子

その他



○漫画家の仕事場〈手①〉
   レディースコミックの濡れ場を描く女の手。

○小料理屋の厨房〈手②〉
   料理の仕込みをする女の手。

○白菜畑〈手③〉
   白菜の刈り入れ作業をする女の手。

○図書館のテーブル〈手④〉
   子供たちの輝く目。司書が絵本の読み聞かせ
   をしている。ページをめくる女の手。

○公民館の一室〈手⑤〉
   将棋対局中の女子中学生が熟考の末に指した
   一手。すぐさま銀を打つ女の手。
              (F・O)
              
○オープニングタイトル
   黒い画面に白い文字。
   [現在、二十歳未満の方の勝馬投票券の購
   入は、法律により禁じられております」
   が消えてタイトル。
   【百合崎高校馬券部始末記】
               
○百合崎高校・体育館ステージ上
   〈平成三年度入学式〉のつり下げ看板を
   背に、演台の前に立ちあいさつを続け
   ている校長の深沢正秀(55)。パイプ椅
   子から起立して聞いている新入生たち。
正秀「以上、いささか長くなりましたが、最
 後に新入生諸君へ本校の校訓を紹介いたしま
 す。〈純朴・情熱・遵守〉! この三訓が本
 校の校訓、3Jです! わたくしが校長とし
 て着任した際、本校に校訓はありませんでし
 た。そこでわたくしが、本校にふさわしい校
 訓を考案、決定したのです。純朴なよき心を
 持ち、情熱を燃やして勉学、部活動に励み、
 規律、規範を遵守する良き生徒たるべし! 
 その心がけ、3J精神を忘れずこれからの
 高校生活を過ごしていくように!」
   バタン、と貧血おこして倒れる本編主人
   公、葛城涼歌(16)。
  
○百合崎高校・美術室
   教室中央に机が置かれ、その上にリンゴ
   バナナ、オレンジが乗っている。それを
   取り囲むように座る体験入部中の新入生
   たちがデッサン中。その中にいる涼歌。
涼歌モノローグ(以下M)「昨日はブドウ、パ
 イナップル、メロンだった」
   新入生たちの後ろを歩いている美術教師
   の伊藤(40)。
伊藤「みんなぁ、よく見て描くんだぞぉ。美術
 の基本は一に観察二に観察、三四がなくて五
 に観察だ。いいかぁ、美術はな、写実に始ま
 り写実に終わる。写実なくして美術なし!」
   涼歌、首を横にやる。石膏像を囲んでデッ
   サンを続けている上級生たち。
涼歌M「〈その前はなんだっけ。あ、そうだ。モ
 モ、グレープフルーツ、マンゴーだったかな、
 確か〉」
伊藤「よし、一年生、みんなで言ってみよう かぁ。
 写実なくして美術なし! はい」
一年生たち「写実なくして美術なし」
伊藤「ようしいいぞぉ。忘れるなよォ」
   涼歌は言わない。
涼歌M「〈わたしはなにも、果物屋の広告担当者
 になりたいわけじゃない〉
   立ち上がる涼歌。
涼歌「あの、すみません」
伊藤「ん、どうした」
涼歌「さっきから頭すごく痛いので、今日は早く
 帰らせてもらっていいですか」
伊藤「おお、そうか。なら仕方ない。今日は帰っ
 て休め。写実熱が出たかな、はは」

○同・廊下
  歩いていく涼歌。
涼歌M<成長するっていうことは嘘を平気でつ
 けるようになるってことなのかもしれない>

○同・一年六組(数日後、放課後)
   帰ろうとしている涼歌を教卓にいる担
   任教師の佐倉真理(29)が手招きして。
真理「おーい、葛城さん。ちょっと」
涼歌「はい?」
   真理の前まで行く涼歌。
涼歌「何でしょうか」
真理「葛城さん、あなたどうするの部活」
涼歌「部活、ですか」
真理「もう六月よ。一年でどこにも入ってな
 いの、あなただけよ」
涼歌「わたしだけ、ですか」
真理「そう。あなた美術部に体験入部してた
 でしょ、何でそのまま入らなかったの」
涼歌「……帰宅部はだめなんですか」
真理「残念。うちの生徒は全員何かのクラ
 ブか同好会に入らなきゃダメ。帰宅部っ
 てのは存在しません」
涼歌「……」
真理「はい、部紹介のプリント、もう一回
 渡しとく。ねえ、わたしが顧問の演劇部
 はどう。役者足りてないのよ。やってみ
 るとね、けっこう面白いよ」
涼歌「冗談……」
真理「とにかく一週間以内に決めて。じゃ
 なきゃ強制的に演劇部~」
   教室を出て行く真理。
涼歌「横暴……」
   手渡されたプリントは各クラブ、同
   好会の人数や活動内容、活動場所が
   書かれたもの。各欄を目で追ってい
   く涼歌。同好会、最後の欄〈YHC
   C同好会〉で目が止まる。
涼歌「活動場所、D棟。活動内容、いろいろ
 ……アバウトすぎるだろ、これ。っていう
 かD棟ってどこにあるんだ?」
   じっとプリントを見つめている涼歌。

○同・渡り廊下(翌日・放課後)
   歩いて行く涼歌。

○同・D棟一階廊下
   古びた校舎D棟を一人歩く涼歌。人
   の気配はない。各教室のドアを開け
   てみるが、どこも鍵がかかっていて
   開かない。
涼歌「ふざけんなよな……」
   涼歌、廊下の端まで来る。それまで
   と異なり格子の入ったガラス戸の入
   口、その前で立つ。戸に手をかけ引
   く。開く。
涼歌「うわ」
   そのまま引き開ける。中に入る涼歌。

○同・旧宿直室
   入った所は土三和になっている。上
   り框にガスレンジのついた炊事場。
   炊飯器も。
   三和土に脱ぎ捨てられている上履き
   ひとつ。涼歌、目を前にやれば畳敷
   き八畳ほどの部屋。そこに女子学生
   ―神楽キャロル(17)が背を向けて
   寝転がって文庫本を読んでいる。
   彼女の美しい金髪に目を奪われる涼
   歌。
キャロル「華織かぁ。早いじゃない」
   無言で突っ立ったままの涼歌。キャ
   ロル、文庫本を持ったまま体を横転
   させる。彼女の青い目、白い肌。端
   正な顔立ち。
涼歌M「〈え、わたし今、天使見てんの?〉
   無言で見つめあう二人。
   キャロルが読んでいるのは三島由紀夫  
   の『美徳のよろめき』。
キャロル「ガイジンが三島読んでたらやっぱ
 り変?」
涼歌「あ、あの……」
キャロル「一年生?」
涼歌「あ、はい」
キャロル「ほら、ガイジンさんが怖くなかっ
 たら突っ立ってないでこっち入んな」
涼歌「あ、あ、はい」
   上履きを脱いで部屋に入る涼歌。
キャロル「座れば」
涼歌「あ、はい」
   腰を下ろす涼歌。横転し背を向けるキャ
   ロル。
キャロル「はうどぅゆーどぅー」
涼歌「あ、あ、はうどぅゆーどぅー」
キャロル「わっちゃねーむ」
涼歌「あ、まいねーむいずスズカカツラギ」
キャロル「――まいねーむいず神楽キャロル。
 とーちゃんニッポン、かーちゃんアイルラ
 ンド。葛城さん、最初に言っとくけど、英
 語で話しかけられてもわたし困るから」
涼歌「あ、はい。あの――」
キャロル「ちょっと待って。今いいところな
 んだ。諸々質問あると思うけど、そのうち
 誰か来るからそこで待っててよ」
涼歌「あ、はい」
   涼歌、寝転がって読書するキャロルの
   背中をじっと見つめ。黙って三角座り
   したままでいる涼歌。入口が開く音。
   同時に炊飯器のアラームが鳴る。
遥「わ、タイミングばっちり。キャロちゃん
 ありがとう」
キャロル「言われたとおりいつもよりしっか
 りめに米といどいたから」
   入ってくる井園遥(17)。涼歌に気づ 
   き。
遥「あれ、葛城さん――だよね」
涼歌「あ、はるちゃんさん」
キャロル「何、知り合い?」
遥「中学一緒。ね」
涼歌「はるちゃんさんこの同好会ですか?」
遥「うん」
涼歌「陸上部入らなかったんだ」
   身を起こすキャロル。
キャロル「ちょっと、陸上部って何よ。遥
 もしかして中学ん時陸上部とか?」
涼歌「え、そうです、けど」
遥「言ってなかったから――」
キャロル「へ~え。意外」
遥「――走るのは中学校で終わり。葛城さ
 んこそ陸上部入らないの?」
涼歌「あ、わたしは親がしつこく言ったか
 らイヤイヤ入部しただけだったから」
遥「そっか」
涼歌「でももったいないですね。はるちゃ
 んさんあんなに足速かったのに。あ、こ
 この校長って深っちのお父さんなんです
 よね」
遥「――うん」
キャロル「深っちって?」
涼歌「あ、中学んときの陸上部の顧問です。
 はるちゃんさんってね――」
遥「(遮るように)ではでは。本日のおふ
 るまいにかかるといたしましょうか。葛
 城さんも食べていってよね」
涼歌「おふるまい?」
遥「うん。わたしね、ここで料理作ってみ
 んなに食べてもらってるんだ。だから葛
 城さんも食べてってよ」
涼歌「料理――あの、わたしまだ入るかど
 うかも……」
遥「いいっていいって。料理は大勢で食べ
 たほうがおいしいんだから」
   エプロン姿になり、小型冷蔵庫の前
   に屈みこんでゴソゴソ始める遥。
涼歌M「<冷蔵庫まであるよ。何だここ>」
   炊事場に立ち料理を始める遥。
    ×    ×    ×
   本を読みふけっているキャロル。鼻
   歌交じりに料理を続けている遥。三
   角座りしたままでいる涼歌。入口が
   開く。入ってきた環(たまみ)華織
   (17)と川上千伽子(17)。
華織「う~んいいにおい。遥ちゃん今日は
 何を食べさせてくれるのかなあ」
遥「それは出来てのお楽しみで~す」
   部屋に入ってきた二人、座っている
   涼歌に気づいて。
華織「あれ、新入生?」
   華織を見上げる涼歌。その美貌に驚
   く。
涼歌M「〈うわ、天使その二ってか……〉」
涼歌「はい見学に。一年六組の葛城涼歌で
 す」
華織「こんにちは。二年四組、環華織です」
千伽子「見学ったって見るもんなんてべつ
 に何もないけど」
キャロル「今年はうちらみたいなの一人も
 いないって思ってたんだけどね」
千伽子「一人いらっしゃったってわけか」
   部屋に入った千伽子、置いてあった将
   棋板の前に座り詰将棋の棋譜を並べ始
   める。
華織「も~う、会の説明くらいはしてあげな
 よ千伽子。一応会長なんだから」
千伽子「後で」
華織「ごめんね葛城さん。後で誰かするから」
涼歌「はぁ」
   華織、鞄からウォークマンを取り出し
   イヤホンを装着。壁に背中もたせかけ
   足を投げ出し座る華織。目を閉じてい
   る華織だが、ククククッと笑いだす。
   驚く涼歌。
華織「あはっはっはっ!」
   突然爆笑する華織。いっそう驚く涼歌。
   だが他の誰も無反応。笑い続ける華織。
遥「落語聞いてるんだって」
涼歌「落語」
遥「うん。桂枝雀の大ファン」
   涼歌、あらためて部屋の中を見回す。
   三角座りをやめる涼歌。学生鞄の中か
   らスケッチブックを取り出す。ペンを
   走らせ始める。誰も何も言わない。
    ×    ×   ×
   部屋の中央に卓袱台が置かれその前に
   座っている五人。それぞれの前のちら
   し寿司、すまし汁、お茶。食べている五
   人。
華織「う~ん、今日も最高遥ちゃん」
遥「あざ~っす。葛城さん、味どう?」
涼歌「ほんとにおいしい。でも知らなかった、
 はるちゃんさんが料理上手だなんて」
千伽子「はい、遥の料理の腕前分かったところで
 新人さん質問コーナー。どんどんどんぱふぱふ
 ぱふ~。どうぞ葛城さん」
涼歌「え」
千伽子「訊きたいことあるんでしょ」
涼歌「あ、あ、え~と、はい。あの~いつもこん
 な感じ何ですか」
   顔を見合わせる四人。
キャロル「うん、いつもこんな感じだけど」
涼歌「え~っと、じゃあYHCCっていうのはど
 ういう意味が」
千伽子「それは、百合崎……何だっけ」
華織「もう、会長のくせに。百合崎ハイスクール……
 あれ、次何だっけ」
キャロル「――百合崎ハイスクールキャンプクラ
 ブ、でしょうが。しっかりしてよ会長に副会長」
千伽子「ああ、そうだったそうだった。略してY
 HCC」
涼歌「キャンプクラブ、ですか」
華織「うん」
涼歌「で、こういう感じなんですか」
華織「うん」
千伽子「まあ、ここで、こんな感じで日々キャ
 ンプしてる、みたいな」
涼歌「はぁ」
遥「こじつけ~」
千伽子「るっさい」
キャロル「昔はけっこう会員いてほんとにキャ
 ンプ活動とかしてたらしいけどね」
涼歌「そうなんだ」
千伽子「葛城さん、他にご質問は?」
涼歌「えっと、あの、この部屋は」
千伽子「旧職員宿直室。ちなみにこのD棟っ
 ていうのが昔の本館」
涼歌「職員宿直室――ああ、だから炊事場と
 かあったり」
遥「うん」
涼歌「顧問の先生は?」
千伽子「遠藤ロボ」
涼歌「え」
キャロル「知らないか。日本史の教師なんだ
 けどね、自分のノート板書して小声でゴニョ
 ゴニョ言ってるだけのやつ。わたしらが騒
 いでようが寝てようが全然関係なし。早稲
 田出てるらしいけどね」
●〈インサート・日本史教師遠藤(31)の授
 業風景〉
華織「ロボットのように板書して説明して、
 チャイムと同時に去っていくから遠藤ロ
 ボ。帰宅もどの教師より早い」
千伽子「いいよねえ、あれで高い給料もら
 えてるんだから」
キャロル「人間に興味がないよね、あいつ」
千伽子「だからうちらのことにも関心ない。
 たぶんここで集まってることも知らない」
涼歌「はぁ」
遥「けどさ、遠藤ロボ結婚してるんだよね」
キャロル「うん。奥さんどんな人か知りたい、
 マジで」
華織「ねえ、葛城さん」
涼歌「はい?」
華織「遥のご飯が出来上がる間、ずっと何か
 絵書いてたよね」
涼歌「あ、はい」
遥「わたしも料理しながら気になってた。見
 せて」
涼歌「いやぁ、人にお見せするほどのもので
 は……」
華織「いいじゃない、ね、見せてよ」
涼歌「あ、はい、じゃあ……」
   スケッチブックを華織に差し出す涼歌。
   華織の周囲に集まる他の三人。スケッ
   チブックを開く華織。そこに描かれて
   いるのは寝そべって読書するキャロル。
キャロル「えっ。これって、わたし?」
涼歌「勝手にすみません」
華織「うまいなあ。似てる~」
千伽子「よく特徴捉えてるわ」
   華織、スケッチブックをめくっていく。
   そのたび胡坐かいたり、うつ伏せになっ
   たり、肘立てしたり……様々な姿勢で
   読書するキャロルのスケッチ。
キャロル「うそぉ! わたしこんな動いてる?」
遥「え、気づいてなかったの」
キャロル「……全然」
華織「嘘だぁ。信じらんない」
千伽子「動きまくりよあんた。本読んでる時」
キャロル「知らなかった……」
涼歌「神楽先輩、いちばん動きがあったから」 
   クックックと笑う千伽子。その笑い三
   人に伝播していって。四人から見つめ
   られる涼歌。
千伽子「他に質問は? 葛城さん」
涼歌「え~と、あの、じゃあ今日みたいな感
 じでわたしもここにいればいいんですか」
   目を見交す四人。
千伽子「まあ、そうだけど」
涼歌「じゃあ、そうします」
涼歌M「〈こうしてわたしはよく分からない先
 輩たちがいるよくわからないYHCC同好会っ
 てのに入った。一つ気づいたのは、はるちゃん
 さんが、中学時代陸上部にいたのに触れられる
 のが嫌そうだったこと。だからなるべく言わな
 いでおこうって決めた〉」

○涼歌の描いた四人のスケッチ
   本を読むキャロル、将棋盤を前に胡坐を
   かき詰将棋を解いている千伽子、料理を
   する遥、落語を聞いて笑う華織……涼歌
   の描いた先輩四人の様々なスケッチが映
   し出され、四人の声が重なる。
遥(声)「どうするお涼ちゃんのこと」
キャロル(声)「どうするって」
遥(声)「だからアレも。入れるのあの子」
千伽子(声)「入れない」
華織(声)「即答」
キャロル(声)「ま、それが無難だね」
遥(声)「最初に決めたもんね、この四人だけ
 だって」
千伽子(声)「うん」
華織(声)「いい子そうだけど」
遥(声)「うん。いい子だよ」
キャロル(声)「それとこれとは話しが別じゃ
 ない」
千伽子(声)「そう。アレはこの四人だけの話
 し。今までもこれからも。いいよね」
キャロル(声)「うん」
遥(声)「分かった」
華織(声)「お涼ちゃんのためにもそれがいい
 かな」

○同・部室
   戸を引き開け部屋に入る涼歌。遥が焼き
   ソバを焼いている。既に作られ山盛りに
   なっている焼きソバ。
遥「おー、お涼ちゃん。いいところにきた」
涼歌「お、多くないっすか」
遥「注文が入っちゃったからね」
涼歌「注文?」
遥「ねえお涼ちゃん。焼きソバ、パンに挟ん
 でいってよ」
涼歌「パンに、ですか」
遥「うん、そこのトング使って。パンに切れ
 込みいれてあるから」
涼歌「あ、はい」
   焼きソバパン作りを手伝い始める涼歌。

○同・渡り廊下
   涼歌と遥並んで立っている。その前に  
   いるサッカー部員備後剛士(17)。
遥「はい。本日のご注文十八個」
   ラップにくるんだ焼きソバパンが入っ
   た紙袋を剛士に渡す遥。
剛士「ありがとう。もう誰も井園の作った焼
 きソバパンじゃないと納得しなくてさ」
遥「そりゃどうも――備後くん、誰が作って
 るかとか、どこで買ってるかとか、言って
 ないでしょうね」
剛士「言ってないよ。訊くやついるけど、答
 えたらもう食えなくなるって言うとそれ以
 上は訊いてこない」
遥「うん。お金もらってるとかってバレたら
 やっぱりややこしいことになるかもしんな
 いからさ」
剛士「分かってるって。じゃあ、ありがとう」
   走り去っていく剛士。
涼歌「あの」
遥「ん」
涼歌「お金、もらってるんですか」
遥「そりゃそうよ。労力も原価もかかってる
 んだから。ま、原価つっても半額見切りの
 魚肉ソーセージだけだけどね」
涼歌「野菜は?」
遥「ああ。この近くに農家があってね。そこ
 で華織がたまにバイトっていうかお手伝い
 してんの。その農家さんが分けてくれるん
 だ。それ、適当に入れてんの」
涼歌「華織さんが、農家の手伝い……」
遥「イメージにないよね。一回さ、わたしも
 手伝いに行ったんだ。すごい楽しそうに仕
 事してたあの子」
涼歌「へえ」
遥「まあでもあいつらに食べさせてるのは本
 来ウサギの餌になるようなところばっかり
 なんだけどね、ははは」
涼歌「ウサギの餌……」
遥「ちゃんと茹でたら十分食べられます。脳
 ミソ筋肉胃袋バカの弱小サッカー部員には
 それで十分。サッカー部だけじゃないよ。
 バスケ部、バレー部、卓球部からも注文く
 る。七十個くらい作ったことあるよ。それ
 取りついでくれてんのが今の備後くん。ま
 あ、パシリだね。ははっ」
涼歌「……なんか遥さん、凄いっす」
遥「そうお」
涼歌「すごい生き生きしてる」
   華織とキャロルが二人の方に歩いてく
   る。
遥「お、美女コンビの登場だ」
涼歌「キャロさん、ホント綺麗なブロンドで
 すよね」
遥「だよね。けどこの前の中間テスト英語三
 十点。そんで古文、現代文は常に学年一位」
涼歌「ほええ」
遥「中学生の家庭教師もやってんだよ」
涼歌「マジっすか」
遥「うん。なんかお金持ちのお嬢さん教えて
 るんだって」
   二人の前にやってくる華織とキャロル。
華織「焼きソバ?」
遥「うん」
涼歌「キャロさんすごいっすね」
キャロル「なにが?」
涼歌「家庭教師なんて」
キャロル「ああ――日本語が通じなくてたい
 へんだよ」
涼歌「華織さんはなんで農家なんですか」
華織「え?――ああ、遥から聞いたのね。な
 んでって言われてもなあ。子供の頃から土
 いじり大好きだったし。それでかな」
涼歌「はるちゃんさんは焼きそばパン作って
 売ってるし――なんかみんなすごいよなあ」
   三人眩しげに見る涼歌。

○同・部室
   戸を引き開け中に入る四人。千伽子が
   将棋盤を前に胡坐をかき詰将棋を解き
   ながら焼きソバパンを食べている。
千伽子「あらまあみなさんお揃いで」
遥「お行儀悪い。どっちかにしなさいよ」
千伽子「(訊く耳持たず)悪い遥、水くんで」
遥「もう」
涼歌「あんまりすごくない人もいた」
千伽子「あ? お涼なんか言った?」
涼歌「いえ、なにも……」
   千伽子にコップの水を渡すと遥、冷蔵
   庫の前に座り込みゴソゴソ。
遥「さ~て、明日の仕込みを冷蔵庫ちゃんと
 ご相談っと」
   寝転がって文庫本を開くキャロル。ウォー
   クマンをつけ壁に寄り掛かって座る華織。
   涼歌も畳の上に座りスケッチブックを開
   く。ムシャムシャやりながら将棋盤に向
   かっている千伽子を見て。
涼歌「川上先輩」
千伽子「んぁ?」
涼歌「将棋部には入らなかったんですね。やっ
 ぱり男の人ばっかりだったから?」
千伽子「あんたといっしょだよ」
涼歌「え?」
千伽子「体験入部はしたけどね、どいつもこい
 つも弱すぎて話しにならなかった」
涼歌「へ~え、強いんだ先輩」
千伽子「あいつらよりはね。ま、上には上がい
 るんだけどさ」
涼歌「上には上……」
   千伽子のスケッチを始める涼歌。

○涼歌の家・キッチン(夜)
   テーブルに座り夕飯をとっている葛城一
   家。涼歌の前に父、勝(48)母、美雪(47)
美雪「涼歌」
涼歌「なに」
美雪「もう一回美術部に入り直すことはできな
 いの」
涼歌「……」
勝「なんだ、おまえ美術部入ったんじゃなかっ
 たのか」
美雪「それがこの子ねえ」
勝「ん?」
美雪「何かわけのわからないキャンプの同好
 会に入ったりしてんの」
勝「キャンプの同好会ぃ? どんなことして
 んだ。テントの張り方覚えたり、はんごう
 でご飯たいたりとかしてんのか?」
涼歌「そんなのは特に……」
美雪「昔の先生の宿直室に集まっておしゃべ
 りしてるだけなんだって。陸上やらないの
 は仕方ないにしても、もっとちゃんとした
 クラブに入ってほしかったんだけどなあ、
 お母さんは」
涼歌「……」
美雪「不良とかじゃないんでしょうね、その
 先輩たち。煙草吸ったりしてないわよね」
涼歌「してないよ! それに不良なんかじゃ、
 ないよ! 全然違うよ……」
美雪「ならいいんだけど――ねえ涼歌、同じ
 絵を描くんだったら、やっぱり美術部入り
 なさいよ」
涼歌「――やだ」
美雪「なんでよ。時間むだに使ってるだけじゃ
 ないの。だったら早く帰ってきて勉強した
 方がよっぽどマシよ。ねえ、お父さんから
 もちょっと言ってやってよ」
勝「うん――」
美雪「うんじゃなくて」
勝「涼歌、おまえそこにいて楽しいか?」
   頷く涼歌。
勝「その先輩たちといて楽しいか?」
   また頷く涼歌。
勝「よし。なら問題ないだろ。涼歌が楽しいっ
 て言ってるんだから認めてやれ」
美雪「けどねぇ」
勝「涼歌ももう半分以上大人だ。こいつが楽
 しいって言ってんだからかまわんだろ」
美雪「甘いんだから……」
勝「帰ってきたらお母さんの手伝いもちゃん
 としろよ」
   嬉しそうに頷く涼歌。
                
○部室(放課後)
涼歌M「<先輩たちのヒミツがバレたのは夏
 休みが明けてしばらくしてからだった>」
   部室の三和土に茫然と立っている涼歌。
   部屋の中、胡坐をかいて将棋盤を前に詰
   将棋をしている浅田鉾市(66)。鉾市、
   涼歌の視線に気づき、彼女を見る。
鉾市「あれ、見ない顔だ」
涼歌「あ、あの……」
鉾市「千伽子ちゃんのお友達?」
涼歌「あ、え~と、はい」
鉾市「他の三人とも?」
涼歌「あ、はい。お友達っていうか、わたし、
 後輩、です、けど……」
鉾市「ここでみんなと仲良くしてるんだね」
涼歌「そう、です、けど」
   微笑んで手招きする鉾市。靴を脱ぎ部屋
   に入る涼歌。

○渡り廊下
   必死に走っている四人。
キャロル「何で忘れてんのよっ!」
千伽子「忘れてたもんはしょうがないでしょう
 がっ!」
遥「鉾ジィが来るって言ったのほんとに今日? 
 間違いない?」
千伽子「今日だよ!」
華織「今日は誰も部屋に行かないって言わなかっ
 たの? 今まで鉾ジィ来るときお涼にそう言っ
 てたでしょ!」
千伽子「残念ながら今回は言ってない!」
キャロル「馬鹿ぁ!」
千伽子「んなこたぁよく分かってるよっ!」
遥「鉾ジィ、まだ来てないでぇ! お涼ちゃんに
 言わないでぇ~!」
   走っていく四人。

○部室
   戸を引き開ける千伽子。三和土に立ち荒い
   息を吐く四人。部屋の中、将棋盤を前にう
   なだれている鉾市。涼歌が三角座りして四
   人の方を向いている。
千伽子「お涼……」
涼歌「この人は浅田鉾市さん。川上先輩が子供の
 時から通ってる地元の将棋クラブの会員さんで
 本屋の店員さん。退職したけど配達員として雇
 われてる」
四人「……」
涼歌「このへんの学校の図書室が購入した本、月
 に一回くらい車で配達してるんですよね。最後
 に届けるのが百合高。店には戻らずそのまま帰
 宅。でもその前に川上先輩とここでゆっくり将
 棋をする――」
鉾市「うん。千伽子ちゃんいちばん強いから、ク
 ラブじゃぼくなんかに対局の順番がなかなか回っ
 てこなくてさ……」
千伽子「お涼……」
涼歌「そんでぇ、この浅田さんは先輩たちの馬券
 を買ってる人。川上先輩が電話で連絡するんで
 すよね、浅田さんに。みんなの買いたい馬の番
 号とか金額とか。ね、そうですよね浅田さん」
鉾市「――うん」
涼歌「いけないんだぁ。高校生が馬券なんか 
 買っちゃ」
四人「……」
涼歌「いけないんだぁ。いけないんだぁ。いけな
 いんだぁ……あれ、あれ」
   ぽろぽろと涙をこぼす涼歌。
涼歌「あれ、あれ。何だこれ」
   涼歌の涙止まらない。涼歌を黙って見てい
   る四人。
涼歌「うわ。何で泣いてんだ、わたし」
鉾市「……ごめん全部喋っちゃった。だってぼく、
 この子もみんなのお友達だと思ってたから」
千伽子「鉾ジィ、馬鹿ぁ!」
   とたんに号泣しはじめる涼歌。子供のよう
   に泣き続ける涼歌。立ちつくしたままの四
   人。うなだれる鉾市。
    ×      ×     ×
   畳の間に座っている五人と鉾市。ぐすぐす
   と泣き続けている涼歌の頭を遥が撫でてい
   る。
遥「お涼ちゃん、もう泣かないでよ」
華織「まきこみたくなかったの。やっぱりほら、
 よくないことだし。やっちゃいけないことだし
 さ」
キャロル「うん。誰もお涼を仲間はずれにしよう
 なんて思っちゃいないから」
涼歌「仲間はずれにしてるじゃないですか」
遥「お涼ちゃん……」
涼歌「三ケ月もここにいるのに、教えてくれない
 なんて仲間はずれじゃないですか」
   返答できない四人。
涼歌「だいたいみんな、何で馬券なんか買ってる
 んですか」
千伽子「――楽しいからだよ」
涼歌「え」
千伽子「面白いからだよ。最高に興奮するからだ
 よ。金賭けて競馬中継見ると。なぁ、みんな」
   三人、答えない。
千伽子「ちなみに賭け金はみんな自分の力でまか
 なってる。華織とキャロルはバイト代。遥は焼
 きソバパン。わたしは鉾ジィはじめクラブのジィ
 様たちからの対局稽古料」
涼歌「……」
千伽子「日曜メインレース限定、購入限度額は千円。
 かわいいもんだ。そのルールでみんなで競い合っ
 てる――ああ、あんたを仲間はずれにしたよ。バ
 レたらあんた先生にチクらないとも限らないから
 ねぇ」
華織「千伽子、ちょっと……」
千伽子「チクらない?、チクります、チクる、チク
 れば、チクろう。ははっ。チクり五段活用。チクっ
 たらいいじゃんお涼」
キャロル「千伽子ひどいっ!」
遥「お涼ちゃんそんなこと言ってない!」
   また泣く涼歌。
千伽子「やかましい! いつまでもビービービー
 ビー泣いてんじゃないよっ!」
涼歌「……チクりませんよ、わたし」
遥「お涼ちゃん」
涼歌「何か、馬鹿にしないでくださいよ。先
 生にチクったりなんかしませんよ――ほん
 と、馬鹿にしないでくださいよ」
   立ち上がる涼歌。
涼歌「もう、帰ります」
   言葉なく涼歌を見送る四人と鉾市。
涼歌「失礼します」
   部室を出る涼歌。
遥「もう来ないかなお涼ちゃん」
キャロル「たぶんね」
華織「でも、ちょっとひどかったよ千伽子」
千伽子「分かって言ったんだよ。この方が後
 腐れない」
遥「……かもね」
鉾市「ごめんね、みんな」
千伽子「もういいよ。いずれ分かることだった
 んだしさ」
華織「うん、だよね」
   黙り込む五人。

〇渡り廊下
   泣きながら涼歌が帰っていく。
                
○涼歌の家・彼女の部屋(十日ほど後/日曜の昼)
   部屋着でベッドの上、横になっている涼
   歌。覇気のない顔。立ち上がり机の上に
   置いたスケッチブックを手に取る。ベッ
   ドに戻りうつ伏せになりスケッチブック
   をめくっていく。彼女が描いた四人の絵
   が次々と現れて。
美雪(声)「涼歌~、ご飯できたわよ~」
   スケッチブックを閉じ立ち上がる涼歌。

○同・キッチン
   母と差し向かいに座ってカレーを食べ
   ている涼歌。
涼歌「お父さんまたパチンコ?」
   うなずく美雪。
美雪「弱いくせしてやめられない。まあお小
 遣いの範囲で遊んでるからいいんだけど。
 ねえ涼歌」
涼歌「ん」
美雪「最近帰ってくるの早いけど、やめたの、
 キャンプのクラブは」
涼歌「やめたってわけじゃないんだけど……」
美雪「そう――中学の時、無理やり陸上部入ら
 せて悪かったね。足も速くないのに」
涼歌「何、急に」
美雪「あんた小さい時体弱かったからさ。運動
 部の方がいいだろうと思ってさ」
涼歌「うん。分かってるよ」
美雪「お父さんの言ったとおりなんだろね。お
 しゃべりばっかりのキャンプのクラブにいた
 いんだったら、そこにいるのが涼歌にとって
 いちばんいいんだろうね――いいとこだけ持っ
 ていくんだから、ほんとに」
涼歌「……」
美雪「早く帰ってくるようになってから元気な
 いように見えるのは母の気のせいでしょうか
 ねぇ?」
涼歌「お母さん……」
美雪「いい天気だ、散歩にでも行って光合成し
 てきな」
涼歌「……うん」
   食事を続ける二人。

○路上~公園入口
   スケッチブックを持って歩いている涼歌。
   公園の前まで来る。フリーマーケットの
   立て看板が出ている。
涼歌「こんなのやってるんだ……」
   公園に入る涼歌。

○公園内
   地べたのシートに置かれた様々な商品。
   出店者と客でなかなか賑わっている公
   園の中をきょろきょろしながら歩いて
   いく涼歌。
   《パフォーマンスエリア(お代は見て
   のお帰り)》の立て看板が立っている。
   人形劇、マジック、ピエロ、紙芝居、
   腹話術、パントマイム、弾き語りなど
   いろんな催し物を見ながら歩き続ける
   涼歌。女三人組が学園コントをしてい
   る。爆笑している観客たち。その前で
   立ち止まる涼歌。三人のうちのおさげ
   髪、セーラー服の大ボケ役にくぎ付け
   になる。担任の真理である。真理、涼
   歌に気づく。動きが止まる真理。見つ
   めあう二人。「セリフ忘れてんじゃねぇ!」
   とツッコミ役に頭を思い切り叩かれる
   真理。爆笑が起きる。

○同公園(日替わり)
   フリーマーケット開催中。スケッチブッ
   クを膝にして腰掛けに座っている涼歌。
   <あなたの似顔絵・スケッチ描きます
   (無料)〉とダンボールで作った小さな
   看板が置いてある。やってくる真理。
真理「どう、お客さんあった」
涼歌「いえ、まだ」
真理「そっか。まあ気長に待ってみてよ。言
 った通り、イベントものは無料が基本だけ
 ど、お客さんがくれるっていう分にはもら
 っといていいから。バイト賛成派だからね、
 わたしは」
涼歌「はい。あの先生」
真理「何」
涼歌「家まで来てもらって、ありがとうござ
 いました。」
真理「いいっていいって。校外活動なんだか
 らさ、親御さんに挨拶しとくのは担任とし
 て当然」
涼歌「でも、びっくりしました。先生がここ
 であんなことやってるなんて」
真理「ははっ。大学卒業して終わっちゃうの
 イヤだったからさ。ちなみにいただいたお
 代は全部二人に渡してる。そのお金で打ち
 上げの飲み代奢ってもらってんの」
涼歌「へ~え」
真理「ねえ葛城さん。今度わたしらが演って
 るところも描いてよ」
涼歌「はい、ぜひ。あの~先生」
真理「何」
涼歌「校長先生って好きですか?」
真理「――今、あいつモデルにしたコントの
 台本書いてるとこ」
涼歌「ふふっ」
真理「ははっ。ほんじゃま、がんばって」
   去っていく真理を見送る涼歌。
    ×     ×     ×
   こっくりこっくり舟をこぎはじめた涼
   歌。
女の子「あの~」
涼歌「あ、は、はひっ」
   涼歌見ると目の前に五歳くらいの女の
   子が母親と手を繋いで立っている。
女の子「絵を、描いてくれますか?」
涼歌「え、絵を、あ、はい、描きます。描か
 せてもらいます、もちろん、はい」
女の子「お母さんといっしょに描いてくれま
 すか」
  涼歌、女の子をじっと見つめて。
涼歌「はい、もっちろんです」
   女の子、母親を見て笑う。涼歌も笑う。

○涼歌の描いた女の子と母親の絵

○部室(放課後)
   寝ころんで競馬新聞を読んでいる千伽
   子。同じく寝ころんで文庫本を読んで
   いるキャロル。壁に寄り掛かって座り
   ウォークマンで落語を聞いている華織。
   チャーハンを作っている遥。
キャロル「(本を置き)内容があんまり頭に
 入ってこない」
華織「(イヤホン抜き)枝雀師匠の落語聞い
 てもそんなに笑えないんだよね」
遥「(フライパンふるいながら)わたしの料
 理もおいしくない?」
キャロル「それは、おいしい」
華織「うん。おいしい。けど」
遥「けど?」
華織「最近ちょっと味つけ濃くなった気がす
 る」
キャロル「うん。わたしもそう思ってた」
遥「やっぱり。自分でもそう思う」
   千伽子を見つめる三人。
千伽子「わーったよ。るっさいなあ。謝りに
 行きゃいいんでしょ」
華織「ってこないだから言ってるけど、いつ
 行くのよ」
千伽子「……チャーハン食べたら」
キャロル「もう家に帰ってるよ。馬鹿」
   ガラララ……戸の開く音。四人が一斉
   に顔を向ける。三和土に涼歌が立って
   いる。
千伽子「お涼……」
   財布から千円札一枚を取り出し突きだす。
涼歌「フリーマーケットに参加して、そこで絵
 を描かせてもらった人たちからいただいたう
 ちの千円です。テメェの力で稼いだお金です。
 これで文句ありませんよね」
   四人を見渡す涼歌。

○鉾市の住む文化住宅・外景(数日後/日曜)
   オンボロの文化住宅。

○同・鉾市の部屋
   競馬中継が映されているテレビの前に
   陣取っている五人。鉾市が茶菓を乗せ
   た盆を持ってやってきて座る。
遥「あ、すみませ~ん」
鉾市「いいねぇ、むさくるしいジジィの部屋
 に若い女の子たくさんいるっていうのは。
 いつもうちきて見ておくれな」
千伽子「今日はお涼初参加ってことで集まっ
 ただけだから。このロリコンスケベ」
鉾市「正しい年の取り方です」
涼歌「川上先輩」
千伽子「なに」
涼歌「馬券っていうのは?」
   千伽子、鉾市をコナして。
鉾市「はいよ」
   鉾市、財布の中から五人が頼んだ馬券
   を取り出し渡していく。涼歌、馬券を
   手にしてじっと見つめる。
千伽子「お涼さぁ」
涼歌「はい」
千伽子「なんで⑤-⑥買ったの」
涼歌「あ、五月六日が誕生日なんで」
千伽子「……誕生日馬券といっしょかよ」
   涼歌に自分の馬券を見せる千伽子。同
   じ⑤-⑥である。
遥「くるんだよね~そういうのが。わたしは
 ね、アラシの単勝五百円と複勝五百円。ア
 ラシ。いいよね~、名前がいいよ」
キャロル「花にアラシの例えもあるさ、サヨ
 ナラだけがアンタの馬券の運命だよ。河内
 がくるのよ今日も。一番人気だよ」
華織「出た、キャロの河内。オッサンマニア」
キャロル「るっさい。あんた何買ったのよ」
華織「へへぇ。ジュンペーの単勝」
キャロル「またか」
涼歌「ジュンペー? そんな馬出てました?」
華織「騎手よ。岡潤一郎。かわいいんだぁ」
千伽子「ま、みんなこの程度だ。お涼の誕生日
 馬券と大差ないってわけ。ちゃんと考えて買っ
 てるわたし以外はね」
遥「あら、それにしてはぁ、現在最下位突っ走っ
 てますけどぉ」
千伽子「うるさいよ。今から全員ぶっこ抜いて
 やるから見てな」
   テレビを見つめる六人。
     ×    ×    ×
   逃げ切り勝ちを決めるキョウエイボーガ
   ン。二着はアラシ。抱き合う涼歌と千伽
   子。

○公園
   フリーマーケット開催中。いつもの場所
   に座っている涼歌。真理がやってくる。
涼歌「あ、先生」
真理「評判いいよ、葛城さんの絵」
涼歌「ありがとうございます。続けて来てく
 れる人とかもけっこういたりして」
真理「貰ったお金お母さんに全部渡してるの?」
涼歌「はい。貯金しとくって」 
真理「う~ん、いい子だ。わたしのクラスに置
 いとくにはもったいない」
   涼歌の頭を撫でて去っていく真理。
   地面に置いたラジオのスイッチを入れる
   涼歌。競馬中継が流れ始める。
涼歌M〈ごめんなさい先生。わたし千円分だけ
 嘘ついてます〉

○部室(放課後・京都新聞杯翌日)
   部屋に入って行く涼歌。千伽子がいる。
   難しそうな顔で腕組みをして卓袱台の
   上に広げたスポーツ新聞の競馬面を見
   ている千伽子。その隣に座る涼歌。
涼歌「だめでしたね、ボーガン」
千伽子「うん」
涼歌「思い切って千円全部単勝買ったのに」
千伽子「わたしもだよ」
涼歌「キョウエイボーガン、どうしてこの前
 のレースみたいに逃げなかったんですか」
千伽子「鞍上のミッキーが遠慮したんだよ、
 先に逃げたらミホノブルボンのリズム崩す
 と思って」
涼歌「遠慮?」
千伽子「相手は三冠懸かってる馬だからね」
涼歌「三冠?」
千伽子「四歳馬しか走れない皐月賞、ダービー、
 菊花賞のこと。ブルボンはもう皐月賞とダー
 ビー勝ってる。あと菊花賞取れば八年ぶり
 の三冠馬の誕生ってわけ」
涼歌「だからって、遠慮なんかしなくていい
 んじゃないですか」
千伽子「だよね。わたしもそう思う。ボーガ
 ンの持ち味は玉砕的な逃げなんだから、そ
 れ出さなくて勝てるわけない」
涼歌「逃げればいいんですよ、菊花賞も。こ
 の前のホラ、神戸新聞杯みたいに」
千伽子「お涼、あんたは正しい」
   笑う二人。

○菊花賞ゴールシーン
   映像に涼歌のモノローグがかぶさる。
涼歌M「<菊花賞、キョウエイボーガンは十六
 着。勝ったのはライスシャワー。キョウエイ
 ボーガンが逃げてペースを乱されたってこと
 でミホノブルボンは二着。三冠馬になれなかっ
 た>」

○部室(放課後)
   部屋に居るのは涼歌と遥。涼歌絵を描い
   ている。遥は座っておかきを食べている。
涼歌「できた」
遥「どれ」
   画用紙には怒りの表情の千伽子がバーン
   と。疾走するキョウエイボーガンの絵も。
遥「おぉ、いいねぇ。千伽ちゃん怒ってる」
涼歌「わたしの怒りもこめました」
遥「『勝ち目のない馬が逃げたから』だっけ」
涼歌「『くだらない馬が』だったかも。川上先
 輩この話しするたび興奮して変わるから」
遥「でも、レース終わった後にそんなこと言っ
 たんだよね、だから三冠見逃したって」
涼歌「はい」
遥「どんなエライ解説者か知らないけど、言っ
 ていいことと悪いことがあるよね」
涼歌「はい。ボーガンは自分の走りをしただけ
 なのに」
   絵をじっと見つめている二人。
遥「ねえお涼ちゃん」
涼歌「はい」
遥「ちょっと手ぇ加えていいこの絵に」
涼歌「手? 別に、いいですけど……」
遥「黒ペン使っていい」
涼歌「あ、はい、どうぞ」
   遥、涼歌の絵に向かう。
涼歌「わぁ、はるちゃんさん、上手いじゃない
 ですか!」
遥「へっへ~、絵は下手だけどこういうのだけ
 は何故か得意なんだよね~」
   完成。絵を涼歌に見せる遥。拍手をする
 涼歌。涼歌の絵に加えられた遥のポップ書体
 文字の『千伽子怒る! <くだらない馬>って
 何だよ!』。
遥「ねぇお涼ちゃん」
涼歌「はい」
遥「こういうの、これからも描きなよ」
涼歌「はい。じゃあ、はるちゃんさん」
遥「うん」
涼歌「わたしの絵にそういうの書いてくださ
 いね。色ペンも使ってください」
遥「うん」
   笑い合う二人。

○部室の壁
   涼歌の描いた秋のGⅠシリーズ優勝馬
   と五人をモデルにした絵が次々と貼ら
   れていく。
 ☆エリザベス女王杯<タケノベルベット>
   ・ピースサインの華織の絵/華織お見
   事、十七番人気を的中!(百円だけどね)
 ☆マイルチャンピオンシップ<ダイタクヘリオス>
   ・シリアスな千伽子の顔/会長決める
    時は決めるぜ!
 ☆ジャパンカップ<トウカイテイオー>
   ・飛び跳ねている遥/東海の帝王様だ!
    世界でも何でもかかってこい!
 ☆阪神三歳牝馬ステークス<スエヒロジョウオー>
   ・うなだれている五人/ガックンチョ
 ☆朝日杯三歳ステークス<エルウェーウィン>
   ・うなだれている五人/ガックンチョpart2
 ☆スプリンターズステークス<ニシノフラワー>
   ・吠えているキャロル/来た来た来た来
    た河内が来たァ~!
   (それぞれの絵には次レースの予想や、
   その予想を詰るコメントなどが書かれ、
   涼歌の絵は賑やかに彩られている)
                  (続)


散文(批評随筆小説等) シナリオ『百合崎高校馬券部始末記』① Copyright 平瀬たかのり 2023-06-19 20:01:57
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