新百合ヶ丘駅
アマメ庵

私は、ビートルズを聴くと新百合ヶ丘駅のプラットホームフォームを思い出す。
学生の頃私は、通学に小田急線を使っており、新百合ヶ丘駅は乗り換えの駅だった。
季節は春か、秋。
冷たい雨が降っていた。

携帯型のカセットテーププレイヤーで音楽を聴いていた。
母が使わなくなったものが、何かの拍子に見つかり、もらったものだ。
テープもその中に入ったままになっていた。
アルバムのタイトルはわからない。
この頃の記憶にあるのは、有名な曲ばかりだったから、きっと後から作られたベストアルバムだろう。

ビートルズが来日したことも、ジョンレノンが凶弾に倒れたことも、私は知らない。
それは私が生まれるずっと前の出来事だ。
学生の私は、ビートルズを聴いていた。
母が使わなくなったカセットテープ。
松任谷由美、奥田民生、マライアキャリー、そしてビートルズ。

新百合ヶ丘駅のプラットフォームは寒かった。
細かい雨が屋根の隙間から舞い込んで、頬に触れた。
人々は寡黙で、黒い色のコートを着ていた。
駅のスピーカーが次に来る列車の情報を伝えていたが、誰もそれを聴いていなかった。

ビートルズのカセットテープ。
イヤホンを両耳に入れると、駅は色彩を帯びた。
人々はエンジや深い緑のコートを着て、青や黄色の傘を差した。
やがて人々はレンガ造りの建物の前を歩き出した。
ときおり犬を連れた人が通り過ぎた。
上がアーチになった窓まどには植物が置かれ、花は咲いていなかった。
そこはリバプールだった。

ビートルズの生まれたと言われるその街を、私は知らない。
冷たい雨の降る新百合ヶ丘駅のプラットフォーム。
カセットテープで聴いたビートルズ。
それが私のリバプールのイメージだ。
イギリスにあるというリバプールではなく、私のイメージのリバプール。
ビートルズを聞けば、私はそこに行くことができる。
私は15才だった。


自由詩 新百合ヶ丘駅 Copyright アマメ庵 2023-05-04 10:02:59
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