休日の自転車
番田
テーブルの上に置かれていたカップにはお茶が入っていた。テレビの前には、リモコンが転がっていた。風が部屋を出ると、吹いている。少しだけ、ぬるくなっていたカップの温かさ。目当てにしていたはずの番組が街では放映されていた。隣の部屋でそれを見ていた女の子。ペダルを踏んだ自転車は隣町に向かう道の景色を駆け抜けていく。番組はすでに終わり、日が、最後の一筋の光をディスプレイのフレームに照らしていった。温かったお茶は、口をつけると冷たい、コールドドリンクになっていた。僕はそして、空間の中を進みながら、そのどこにいくのだろうと思っていた。遠くに見えてきた橋の景色に何も思い出すことは頭には無かった。そして僕は橋を渡った。不意に浮かんでくる、フェルトの緑色の床と、使い古されたファイルの重なっていた部屋の風景。貸し与えられていた車で行った、様々な場所が脳裏をかすめる。飲み忘れてきていたお茶のことを少しだけ思い出す時、遠くで一匹の魚が跳ねた。水の吐き出されていた排水口はキラキラと輝いていた。
隣の部屋に住んでいた女の子は旅の支度を始めていた。初めてのアフリカ、モロッコ旅行を計画していた。少しだけ、その陽気な足音がこちらの部屋の薄いカップを波立たせていた。沈殿しきっていた茶葉と、少しだけ冷えてきていた空気。まだ、僕は自転車を走らせていた。次に入った会社の業務で、だんだんと痩せていった体。そこに、ある日かかってきた前の会社の同僚からの電話。僕は通話ボタンを押さなかった。大きな音がすると、電車が走っていることに気付かされる。それから二度と電話はかかってこなかった。日の暮れかけていた街の風は冷たい。人生の中で何を捨てて、何を得てきたのかということを、僕は今でも時々考えることがある。