花便り
ベンジャミン

{引用=桜の頃を過ぎて
ふとした淋しさがこみあげてくる
そんな五月の夕べ
ずいぶんと久しい人へ
したためた手紙を読み返している


 前略

 いかがお過ごしでしょうか
 花見の頃にはお互いどうしているだろうかと
 お話したのが最後だったように思います
 まだ寒い冬の盛りの中
 鍋を囲んで見えない先のことを
 長々と語りあいましたね
 すっかり痩せてしまった私のことを
 ずいぶんと気遣ってくださいましたが
 あれからまた月日は流れて
 いつの間にか桜も散ってしまい
 庭にはつつじの匂いが漂っております
 確か次に会う約束もしないまま
 あなたがどうか元気に過ごしていればと
 ずっと祈っておりました
 おかげさまで私は元気にやっています
 バラももうぽつぽつと咲いておりますが
 そうそうバラ色のようにはいきませんね
 それでもこうして
 あなたがどうしているやらとか
 どんな花が咲いているやらとか
 そんなお話ができるくらいにはなりました
 そういえば姫りんごの花が今年はきれいで
 いつも生らない実が今年こそは実ればと
 ひそかに楽しみにしております
 もしお互い元気でいるようなら
 紫陽花が咲く頃にはお会いしたいですね
 その頃またお便りします
 どうか風邪などひかぬよう
 お身体大切にしてくださいませ


去年の五月に書いた
結局出さずじまいのこの手紙を読み返しながら
胸の前でくんでいた手をほどいて
その手のひらをあわせたとき
そこにも花が咲いているように思える
今の自分をどうにか伝えようと
庭先に出て空を見上げれば
今年の遅い桜を忘れさせる
あのつつじの匂いが
ことさら強く感じられます

   


自由詩 花便り Copyright ベンジャミン 2005-05-10 01:25:55
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