ボクノツマハ
坂本瞳子

あら、お宅のご主人?

偶然通りかかった喫茶店で
珈琲を嗜んでいたところ
背中向こうの席から聞こえてきた
聞き覚えのある声がそう言った

やはり隣の山口さんだ
甲高い少し嫌味なそれでいて
悪気がないのが癪に触る
そんな声をしている

喉の奥にはきっと棘が
生えているんだろう
そんな風にさえ思われる

声が大きいですと控えめに
か弱い声でか細く囁くように
応えているのがボクの妻で
背中のソファの向こうから
聞こえてくるそれは異様なまでに
耳障りが良く意外だった

もう少しの間でいい
ここでこんな風に聞いていようと思ったのは
見つかって驚いたふりでもしたら
どんな顔を見せてくれるのかと
少しは想像したりしたけれど

そんなことよりも聞き心地の
良い声をしばらく聴いていたかったからで
まさか妻の口からあんなことを
聞かされるだなんて夢にも思わず
もう数時間もここから動けないでいる


自由詩 ボクノツマハ Copyright 坂本瞳子 2023-02-09 23:58:00
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