ウー(ウルトラマン)
角田寿星

 
雪は降りしきり
いつまでも降りしきり
ずいぶん前に閉鎖された
スキー場跡地を埋め尽くし
山おろしの風がすべてを吹き飛ばして
白銀より他の色彩を 世界から奪っていく

まるで
光の国のようだ

麓の集落は しだいに人を減らし
川沿いを駆け抜けた鉄道も廃線となり
産廃を積載するトラックが不法投棄していくだけの
しずかな里になった

そしてきょう 最後の一軒で
葬儀の提灯がひそやかにともり
消えた

(ここは日本有数の豪雪地帯。その中央部に鎮座するまぼろしの飯田山は
 原因不明の低温で夏になっても雪が解けることはない。
 その豊富な水脈の恩恵にあずかりつつ周囲の村は細々と生を紡いできた。
 高度成長期はこの山奥にも開発の手を伸ばし
 小規模ながらスキー場がにぎにぎしく開設された。
 3階建てのホテルに数軒の民宿はわずかな観光客を迎え入れ
 バブル期にはリゾートマンションの建設計画が蕎麦畑を更地にした)

雪ん子 と呼ばれていた少女は
天井の崩れ落ち
廃墟となったレストハウスから顔を覗かせて
とおくの葬送を見送った

彼女を雪女の娘 雪ん子とさげすむ者も
石を投げ 小屋を潰し
猟銃で追い立てた純朴な村人たちも
もういない

時間は不可逆性で
山おろしの風が奪っていく熱もまた 不可逆である
世界は量子重力理論にのっとり流れて
けしてもとどおりにはならない
それを残酷だ と
いつ誰がいったのだろう

(雪女伝説の深く残るこの地方であるが
 かつてほんとうに雪女が飯田山より顕れた という言い伝えがある。
 それはスキー場竣工前夜のできごとで
 根も葉もない反対派のねつ造だと当時の町長は語った。
 しかし目撃者の証言は飯田山の残雪のように途絶えることがなく 
 長い白髪を振り乱した身の丈50メートルの巨大雪女であったと云われ 
 銀色の巨人がそれを退治したとも伝えられる。
 そして目撃者だった最後のひとりが たった今息を引き取った) 

うー
笛のような雪ん子の吐息は
いちめんを覆う白銀の素粒子に共鳴し
うぅー
山おろしの風をするどく貫いて
驚くほどとおくまで響き渡り

うぅーーー
空間がたわみ歪曲して重力場が発生し
うぅーーーーーー
夏でも冠雪する
あの山の向こう側へ と

そして時空の彼方から
山おろしの風とともに
うぅーーーーーーーーーー
その声はやまびことなって戻ってくる

(人の手が加わらなくなると原野はあっという間に荒れ果ててしまう。
 茶色い山肌をいちめんに覆い尽くしたソーラーパネルは
 耐用年数をとうに過ぎ 管理する者もなくその残骸を草陰に晒している。
 自然界で分解されないエコの成れの果ては
 どこへ流れどこに消えていくのだろう。
 大地を貫いて林立する高層ビルは千年後にはどうすれば良いのだろう。
 誰もこたえてくれないしこたえようともしない)

うー
きょうもまた
笛のような雪ん子の声が
雪の白夜にこだまする

うー
いつしか雪ん子は
これ以外の声を発しなくなっていた
あたかもことばを
なくしてしまったかのように

ひとびとの憎悪に晒され
呼吸や食事をするかの如き差別を受け
日々の習慣や娯楽のように迫害されて
何度となく殺され続ける一生と

誰からも忘れ去られ
存在すら なかったことになる生涯

どちらのしあわせを
選ぶべきだったのだろう

うぅー
雪ん子の声に呼応して
吹きおろしのやまびこが麓の廃村まで届いて来る
それを聴き 畏れおののく者は
もういない

雪ん子は被っていた藁帽子を雪原に置くと
長い白髪を山おろしの風になびかせて
ゆらゆらと吹雪の向こう側へ歩いて行った
すぐに消えてしまう
足跡を残して

うー
うぅー
風の声だけが
いつまでも鳴り響いている



自由詩 ウー(ウルトラマン) Copyright 角田寿星 2022-12-20 13:08:24
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