女學生日記 四十一
TAT

十一月二十七日 月曜
天氣 晴
起床 五時五〇分
就床 九時三七分

朝校庭のお掃除をした
朝礼教室で島先生よりお注意があつた
作文は「星の光」といふ題で詩を作つた
放課後は劇の練習をして歸つた
夜母が歸られた
祖母はまだ惡いとのことでした
又一日頃に行くつもりだとおつしやいました



十一月二十八日 火曜
天氣 晴
起床 五時三〇分
就床 十時三七分

此の間から毎日運動場をお掃除してゐましたが今朝だけ葉が落ちつくして綺麗だつたのでお掃除をしなかつたら先生に御注意を受けました
今日は午前四時間授業で午後から映寫會でした
「石灰の話」「中部地方」「輝け少年日本一」「太郎さんの出征」等でした
中部地方は長良の鵜飼や関の刃物などのことが出なかつたのはつまらなかつた
夜鉛筆を十錢買つた
今朝ノ|トを八十五錢と鉛筆を五錢買ひました
今日おとなりのお爺さんが亡くなられた
とても淋しい



十一月二十九日 水曜
天氣 曇
起床 五時三〇分
就床 九時三七分

朝礼運動場
一限体操でした
作法は水引のかけ方を習ひました
お掃除は教室で㐧六限は自治會を開きました
私達が劇の練習をしてゐる室の戸を廊下を歩いて来て行きながらガラ〳〵と明けてそのまゝ行かれる方がありました
その方達はどんなお心なのでせう
組を代表して劇の練習してゐるお友達の室の戸を明けるなんて



十一月三十日 木曜
天氣 晴
起床 五時〇分
就床 十時三七分

今日はピアノを見ていただく日なので早く行つて練習をした
朝礼講堂で校長先生 花村先生より色々御注意がありました
一限裁・二限歴・三限裁・四限國でした
今日ピアノを見ていただきませんでした
教室のお掃除で運動は劇の練習を致しました
今日は川本さんの家のお爺さんのお葬式でした



十二月一日 金曜
天氣 晴
起床 五時三〇分
就床 十時二〇分

今日は昭和十四年最後の興亞奉公日です
講堂で校長先生より一・興亞奉公日について 二・防火防犯ディ|についてお話がありました
運動場に出て國旗揭揚と神社參拜を致しました
体操は懸垂の試驗がありました



十二月二日 土曜
天氣 晴
起床 六時〇分
就床 十時二七分

今朝は寢過ぎたのでお兄さんが自轉車で驛までお行きになりました
母は頭痛(祖母の病氣の心配とおとなりのお葬式での疲れでせう)で寢てゐらつしやつたから私の責任である
驛へ自轉車を取りに行つた
耳や鼻がとても痛かつた
音樂が二時間ありました
今日から机の位置を變りました
廊下側の一番前なので戸を閉めに行かねばならない
劇の練習は五時半までやりました
汽車通學の方に家に行らつしやいと言つておきましたけど行らつしやいませんでした
家に歸つたら母は在所へ行かれたとのこと
祖母の病気が心配で病気を無理に推して行かれたのでせう
夜妹達を連れてお風呂へ行きました


散文(批評随筆小説等) 女學生日記 四十一 Copyright TAT 2022-12-05 01:29:42
notebook Home 戻る  過去 未来