降りやまぬ雨
室町

消毒液のかすかな匂いがする
毒の気配を消した
いい人がいる
ゆるやかにピアノを弾くように
その人が詩を語る
やさしく
  白い手で
    触れてくる
悪夢から覚めるように
わたしは励起(れいき)する
そんな人が
詩をかたる日々もまた雨だ
この界隈には
凶行の返り血をあびた
いい人であふれている

わたしにはかれらの言葉がわからない
蛸壺にうずくまったのはいつか
それから何年たつのか
覚えてもいないし
知りたくもない
異郷の路上で
顔も知らぬ恋人を探すように
蛸壺のなかで
生きるよろこびを探がしている
ひょっとするとわたしは
もうとっくに狂っているのかもしれない
あるいはわたし以外の人たちが
狂っているのだろうか
どちらにしても同じことだ

ここはそういうところで
晴れているとおもっても
ほんとうは毎日雨が降っている
比喩としての雨ではなく
ほんとうの雨が降っていることに
なぜ気づかなかったのか
ほんとうの雨とはいえ
わたし以外の人たちにとっては
それも比喩かもしれない
真善美などウソだ
昔からそばにあったのは歌と踊りだけだ
わたしが知っているのは
おはようございます
こんにちわ
お元気で
さようなら
人の笑顔と涙だけだ
わたしはかれらと出会えない
かれらはわたしと出会わない
それだけが
今のところ
足もとで起こっている
ほんとうのことだ
わたしが握っているのは
爬虫類のように強靭であれと願う
生きる意志だけかもしれない




自由詩 降りやまぬ雨 Copyright 室町 2022-10-13 02:09:01
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