振り返ればそれは真直ぐな道
ホロウ・シカエルボク


放熱の先にあるものは静寂ではなく、更なる放熱だった、そのことを知った時俺の心中には、喜びと悲しみが同時に訪れた、おそらくそれが生きてる限り延々と続いていくものなのだと瞬間的に悟ったからだった、昂ぶりと怯えの両方で震えさえした、続くのだ、続いていくのだ、それに手を付け続ける限りは…ならば続けるしかないと思った、それをすることによって何かを得るとか、そういうことではないのだ、行為とはそれ自体に意味が生じるものだ、その中に居る自分が何を感じているのか、それが最も重要なことだ、それがわからないやつは浅ましくなる、存在への刺激、その欲望だけが理由にならなければすべてを履き違えてしまう…その点については俺はこの上なく幸運だった、自分が何を求めているのか本能的に知っていた、もちろん手段はあれこれと変化したけれど、それをすることで何を得ようとしているのかという部分は、これまで一度も変わることがなかった、手段など肉体のトレーニングと同じだ、その時一番鍛えたい場所を鍛えているということだ―人は時間を気にする、時間を気にするがあまり急いで仕上げようとしてしまう、その結果、焦点のぼんやりしたところに迷い込む、時間を気にするのは得策ではない、時間は無視されなければいけない、それが気にならないくらいのところまで、目の前のことに集中しなければならない、そうして得るものは、時間を気にして急いだり諦めたりして得るものより圧倒的に多い、どんなに時間が無い時でも、時間を気にしてはならない、基本的なことだが、気持ちが先走るとそんなことすら見えなくなってしまう、早く仕上げたくてそれに手を付けたわけではないはずだ、生きざまは時々、生きることの邪魔をする―一番大事なことはそれだ、時間を言い訳にしてはならない、時間を気にしながらことを成すなんて、出来るわけがない、時間は言い訳にはならない、限られた時間の中でひとつでも多く残すことは、慣れればそんなに難しいことでは無い、気取った店で食事をするよりも簡単なことだ、俺はいつからか、書いているときの感情を信じなくなった、書き手の情熱の度合いなど読み手には関係のないことだ、いや、主観とか客観なんて話をしたいわけじゃない、客観など初めから存在しないものだ、ただそれを口にする方が、利口そうに見えると気付いた誰かが繰り返してるだけのまやかしさ…要するに、コンディションなど自分が思ってるほど誰かに伝わるわけではない、ということだ、テレビを見ながら書いたものが根を詰めて書いたものよりも受けることだってある、情熱や思い入れなど捨ててしまえばいい、ただインスピレーションを描き出す機械になった方が、ずっと冷静にことを見つめていられるというものだ、だから俺は書いているときの感情を信じなくなった、出来ていると感じていようが、出来ていないと感じていようが、それは自分だけの問題なのだ、それに見合ったものが仕上がるというわけではない、だいたい、気分が高揚しただけでいいものが作れるのなら、どいつもこいつも情緒不安定でなければおかしいということになる、悩むなど馬鹿らしいことだ、その時の自分に出来ること、やりたいことを精一杯やる、書くことについてはそれだけでいい―昔ほど多くはなくなったけれど、今でもたまに、俺はどうしてこんなことに躍起になって取り組んでいるのだろうと思うことがある、随分少なくなったけれど、確かに思うことはある、それは多分、完全に無くなってはいけないことなのだろうなと思う、疑問符は多くの場合において―それが思考を止めない者にとってはということだが―衝動の記憶なのだ、そうは思わないか?どんなジャンルでもそうさ、皆初めは疑問符から始まったはずだ、それは時を重ねても無くなることはない、でも昔ほど気にすることはない…それは寄り道だと途中で理解出来るからだ、理由など死ぬ瞬間に多分理解出来るだろう、放っておいていいのだ、どこかに捨ておいても忘れたりするようなことではないのだから…行為によって得るものは基本的に上書きだ、前のデータを残したまま新しい情報の領域だけが更新される、内容量は増えて行かない、不必要になるものが必ず出てくるからだ―それらは勝手にデフラグされてまとまっていく、人間はハードディスクよりずっと上等な記憶回路を持っている、きっとそれはクリックではなく、経験によって更新されるシステムだからだろう―最も近頃は、人間は昔よりもずっと、クリックやタップみたいなノリで生きているみたいだけれど…そうして放熱は繰り返されるのだ、温度は一定ではない、ただ確実に言えることは、密度は増し続けていく、十年前には一篇の詩として書かれたものを、一行で書くことが出来る、幾つ書いたのか、何年書き続けたのか…そんな話をしているわけじゃない、人間はつまり、生まれてから死ぬまでが一篇の詩なのだ。



自由詩 振り返ればそれは真直ぐな道 Copyright ホロウ・シカエルボク 2022-09-19 22:23:15
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