ない夏
山犬切

朝 煙草を吸う朝
コンピューターを開く 血行はながれよく 生政治は正常
けれど無為の情況?
簡単に作ったゆで卵とチリドッグを食べる
食い終えたあとシャーペンをノックしてノートを開いた
今日もエスカレーターは昇り 電子レンジは稼働し
小さな鍋の水の中卵は茹でられ、ビデオの中で犬が躾けられる
プラスチックの緑木が日を浴びる
玄関で靴べらを使い靴をはく
そして漫画喫茶へと向かう俺の背中を風が吹き抜ける
傷ついてないやつなんていないさ、どこまでもいけ というふうに

海がないこの町で閉じこもった熱風が町の樹の間をすり抜け
監獄ロック 町でひれ伏すことを強いる時は過ぎる
雲が二次元のようにいやにリアルに迫る夏空の下
虫取り網を肩に担いだ子供がほこりっぽい辻道を森へと向かった
働く人がいて 働かない人がいて 不明瞭な領域にぞくすやつらもおおぜいいて
この夏大人になった人もいれば ガキのまんまの奴もいるし
それぞれ秘密を蔵している きらきら光るプールサイドの火薬庫のような胸の中に

じっとりと暑い夜 鰻丼を作って食べた
クラクションが少し聞こえる 壁が内と外を隔てる居間
食卓の斜め上で少しメタフィジカルに俺は考えた
 友情も恋愛も仕事も全てはメリット…所詮はメリットの多寡で決まるじゃないか 毎日思い知る運ゲーと育てゲーと無理ゲーとで俺の心と体はいっぱいだ
ああこのメリトクラシー! ボディーは傷だらけだ うんざりだ いっそ盛大に割れた薔薇窓の破片が散らばる聖堂で陽射しが差すなかゲームオーバーの死を迎える終わりがきてほしい
…俺はこんなにも閉じている 政治家や病院は笑うだろうか
びくりと身体が痙攣する

腐れ縁の友人と居酒屋に行き、他愛もない話をしつつ空豆を箸でつまむ
夏に空豆を食べるなんて贅沢だ だけど
ビールを呷り思う
この世界に人間と呼べる人間は少ない
ちょうど砂肝を食べていたが、何故だか俺のこころはそれに親和や親近を感じた
俺は人の群れの中、雲丹や蛸のように 砂浜でべっとりと赤い皮膚に砂のついた軟体生物のように気味悪く言葉という差異を紡ぐ
それはちょっとした呪詛であり抵抗 それは決してうたにならない言葉 それは砕けた剣のように鈍く光る おのこのおりもの
待ち人が来ないのはわかっている 三カ所に窓のついた 水に奇妙な縁のある部屋 そこでエチカをそだてる それがすべきことなのだろうか
貝は永遠に貝殻から離れず決して旅にでることはないのか

夏の日差しを浴びる ほこりっぽいガードレールの道を歩いていたら
子供の頃こんな道を風を切って自転車を漕いでいたな とふと童心にかえりおもった
燦然と光る緑のいちょう並木の通りを網も持たず歩く
のっぺりした暮らしが続く状況で 俺はぼそぼそと啜り泣くように言葉を紡ぐ
生きることで汗ばんだ青いポロシャツ 26歳の夏休み

夏が通り過ぎる 真っ青なハワイのように
夏が通り過ぎる 空を横切るジャンボジェットが道におとす翳りのように

今日は雨だ 雨が静かに降っている
すずらんが咲いている道沿いを長い事歩いて
駅に着くと俺は九月傘の下で 大粒の雨に牡蠣のように打たれた
虚死 虚私 去私
育つということ 劣位にあるということ 言葉に乗って流れるということ その自由と必然への敬虔さ
理想機械の乳房から出る黒い母乳を飲み、日々痩せ衰えて壊れるのみ。


自由詩 ない夏 Copyright 山犬切 2022-09-16 12:55:57
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