魔鏡の焦点
ただのみきや

砕けた光 秋の匂い
五感は透けて
感傷の古池に浮かんでいた


黒光りする虫をつかまえて
ピンで留めてみる
不器用にもがいていた
鋭い大顎も暗器のような爪も
ただの装飾へと変わってゆく
その隣にはアーモンドチョコ
ひとかけらの甘味も留めて


ババロアのふるえる声
――死者のわらび餅には気を付けろ


この花の蜜をよく吸ったものだ


今朝玄関の前に翅を開いたまま
一匹の火取蛾が落ちていた
花のように美しい真っ赤な頭


昨夜の雨と風はもうどこにもない


ことばを話せたらと思っていたが
やりとりされるのは跡形と捏造だけ


空ろな箱の受け渡しを
鳥のように抜け出して見下ろしていた


虫に食われて穴だらけになって
夜が捨てられていた
星たちの忘却をいくつか宿したまま


想いがかたちを持つのなら
死者も花を咲かすだろう


光に目隠しされて
彼岸と紐づけられて
鈴が鳴れば
小さなプールに時を溜めて


鏡の破片が溺れている


この花の蜜をよく吸ったものだ
その名を生涯呼ぶことはない
夏の死体から生えて咲く
青く燃えるこの花の



                   《2022年9月10日》








自由詩 魔鏡の焦点 Copyright ただのみきや 2022-09-10 13:52:04
notebook Home