時が溶ける
ホロウ・シカエルボク
暗く湿った歩道
街灯の灯りに照らされて
所在無げな影が時折長く伸びる
ゴム底の足音は小さく
重さを感じさせない
薄暗い公園の前で
ほんの少し立ち止まる
何かが気になったのか
それとも
歩き疲れたのか
それはすでに
ここではないどこかへ
足を踏み入れてしまっているみたいに見える
時々聞こえる
ため息のような大きな呼吸は
かすれていて
喉になにかがつまっているのかと思わせる
そんな息の後に
必ずなにごとか呟いているが
それが少なくとも
意味を
含んでいるようには思えない
蛾が
興味を示したかのように
脚のあたりを
8の字を書くように飛び
あっけなく
飛び去った
瞳は
まるで生まれたての赤子のようで
目玉の代わりにビー玉をはめ込んだみたいな
黒目と白目の領域のない奇妙な瞳だった
見えているのか居ないのかわからなかったが
足取りを見る限り不便はないようだった
ビートルズのロゴのステッカーをサイドに張り付けた
年代物の原付が公園の脇に放置されていた
そこに捨てられてかなりの時間が経っているみたいだった
ナンバーがついているのにどうして追及されないのだろう
ワケアリというやつかもしれなかった
誰かが
そいつに命を奪われたのかもしれない
ビートルズのステッカーは
なぜかそんな理由を連想させる
汚れて、傷んだ
ボロ布みたいな服を着ていたが
鼻につくような臭いはまるでなかった
違和感はきっとそこから生まれているのだろう
元々はどれも
いい生地だったのかもしれなかった
でも過去なんて
たいていの人間には何の意味も持たないものだ
終わった人間だけが
楽しそうに昔話をする
野良猫が何の関心もない素振りで通り過ぎて
数百メートル先で振り返ったまま少しの間じっとしていた
あいつはさっきもあそこに居ただろうか
そんなことを考えているみたいに見えた
程なく猫は気にするのをやめて歩き去っていった
好奇心は猫を殺す、って
何処で目にしたフレーズだったかな
その先にはもうなにもなかった
住宅地の終わりと、さほど高くない山があるだけだった
そいつはそのまま、森の中に吸い込まれるように消えていった
戯れに探してみてもよかったが
たぶん見つけることは出来ないだろう
そのまま山に入ることにした
そこにあるのは
30年前に誰も居なくなった
村の残骸だけだった
存在の輪郭が曖昧になった連中が
交わらないだけの距離を取りながらうろうろしていた
正直さってもしかしたらそういうことなのかもしれない
彼らの邪魔をしないように夜明けを待つ
明るくなる瞬間に
悲鳴を上げるのはもしかしたら俺かもしれない