スタンダード
大村 浩一

                   − 素子へ、特別版 −


子供の頃は戦後のモータリゼーションが
発展し始めた時期で
うちの車は初代パブリカのデラックス
その頃は車のグレードと言ったら
スタンダードとデラックスの
2つしか無かった
デラックスにはラジオが付いていたが
スタンダードには無かった
デラックスは上品な薄茶色だが
スタンダードはくすんだ青鼠色だった
デラックスのバンパーは銀に輝くクロムめっきだが
スタンダードのほうはペンキ塗り
デラックスの窓にはブライトな銀のモールが付いていたが
黒いHゴム窓で、地味で覇気の無いスタンダードは
子供心にもみすぼらしく見えた

デラックスはすぐに
スーパーデラックスになり
スーパーエクセレントになり
グランツーリスモになり
スーパーグランツーリスモになり
クモハユニになりスイネロフになりキマロキ雪かき編成になり
年末スーパージャンボ宝くじ前後賞合わせて3億円になり
RになりVになりZになりZZ−Rになった
三角窓が無くなって代わりにエアコンがつき
ステレオがつきテレビがつき電話がつき
駅イチナンパ用のスピーカーだらけになり
大地踏み荒らす駆動輪だらけになり
エアーバッグだらけになり
7人掛けになり9人掛けになり
ハンドルが重くなり
軽くするパワステで車体はなおさら重くなり
ミラーひとつまでモーター仕掛けになり
冷蔵庫がつき全自動洗濯機と食器洗い機がつき
馬鹿でっかいリムジーンになり
スペリー社製のジャイロと
レイセオン社製のレーダーがつき
鉄柵の保育園がつき授業料の高い塾がつき
世間体から電力会社の株主にもなり
家賃の高い家とガレージがつき
赤字国債と崩壊年金がつき
原子炉と核燃料再処理施設がつき
多国間協議と国連査察がつき
そのくせタイヤが外れても気づかず
ナビが無ければどこに向かっているのかも
分からなくなった


いま
オーダー品とは名ばかりの蒸し暑い背広で
坂道でゴテゴテ汗まみれの僕の横を
プレス一発で打ち抜いたあるまいと洗面器の様に
シンプルな昔のスタンダードが
かるがると風をまいて駆け登っていった

プレス工が打ち抜いた鉄板を
かんたんに組み立てただけの車
けれど何だって積める
君と友達とお酒と
鍋釜と毛布とビニールシート

ティファニーでもグッチでも金のシャチホコでもなく
ベンツでもプラズマテレビでも六本木ヒルズでもなく
欲しかったのはスタンダード
欲しかったのは君と
あの晴れ渡った地球岬
欲しかったのは二人で旅立つ意思
それに必要なのは
荷物を減らす事と
良い靴を選ぶ事


君の幸せに、
間に合って良かった。



2005/04/23 室蘭での披露宴で朗読
大村浩一


自由詩 スタンダード Copyright 大村 浩一 2005-05-04 20:31:13
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