昨日のランニング
番田 

雨が音を立てているだけの外を、昨日必死で足を出して走っていた僕の姿を思い出す、誰も知らない夜の用水路の脇で息を切らせていた…。昔原美術館で見たことのある呼吸する男の映っていた映像作品を思い出す。無料であっても、足を使えば良い作品は時々見られた。映像は心の片隅で記憶としてどうしても残ってしまう旅行と似ている。フランスの片田舎の空港で航空機を待っていた時のラウンジの影も、手荷物検査で捨てられたペットボトルの水の記憶も、確かに僕の中には残っていた。大学の最後の日の仲間の残していった背中の姿の印象に少しだけ似ていた。卒業してから、何か用があって、近くの用水路の道を歩いていた時に僕を追い越していった三人の自転車に乗った学生の姿を思い出す。彼らは、あの冬の景色の向こうに、何を見ていたのだろう。そして今は、どうしているのだろう。


橋を渡って僕は歩いていた。今はもう、あの頃の仲間とは連絡はとっていなかった。ずいぶん遠くまで来てしまったと、サーモス社の水筒の縁に口をつける。中の氷はこの炎天下だというのに、まだいくつか残っていた。あれほど夢中になっていたはずの、地下アイドルのライブにも足を運ぶことはなくなってしまっていた。オカリナを帰り道でいつも吹いていた友人のバンドだけは成功して、今ではちょっとした有名人だった。僕はといえば…、時々バンコクに女を探しに行っていた。ドミトリーで暮らしていた顔見知りのおじさんの泊まっている、ドンムアン空港近くに、いつも、宿をとっている。あの人はいまでも元気でいるだろうか…。


散文(批評随筆小説等) 昨日のランニング Copyright 番田  2022-07-15 00:30:36
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