夜 
山人


 一日の襞をなぞるように日は翳り、あわただしく光は綴じられていく。
万遍のないあからさまな炎天の午後、しらけきった息、それらが瞬時に夜の物音にくるまれる。光のない世界のなかで、何かを照らすあかりが次々と灯される。
夜に寄り添う生き物たちは鼻を濡らし、唾液を充填していく。

何も見えない世界を夜と呼び、それは黒と決められていた。たがいの眼差しさえもみえない世界で、あかりを求め確かめ合う。夜の孤独に耐え切れず、すがるものを求めてはやがて沈んでいく。多くの魂が浄化と沈殿を繰りかえし人が生まれ死んでいった。今日も夜はしんしんと黒くあたりにたち込めて新しい物語を埋め込んでいく。

それぞれの夜は静かに語られていく。
黒い沈黙の中、一匹の蛍が飛ぶ。やがて、少しづつその数は増え始め、蛍は乱舞する。
鼓膜のどこからかかすかに湧き出す水、チロチロとよどみなく、あらゆるものを通り抜け濾過された水。透きとおる、やわらかな羽根のこすれる音が、草つゆの根元から沁みだしてくる。赤銅色に焼けた棍棒のような腕で燐寸を擦れば、白蝋にともされた一縷のともし火。
ぼとりぼとりと吐き出されてゆく、燻っていた滓。次第に重量は軽く、その手の中に一匹の蛍が立ちどまり入念なやわらかな光をひとつふたつと輝かせている。ふと風が動きろうそくの炎を揺らした、そのとき、君の顔が少し揺れた。


自由詩 夜  Copyright 山人 2022-04-02 03:08:58
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