可愛い女の子たち
幽霊

朝日がまた砂時計をひっくり返す。お茶碗に盛られた白ごはん、味噌汁、鯖の塩焼き、目玉焼きにサラダ。こんな朝ご飯は脅しだ。ひどく脅迫的だ。
 駅のホームにベンチがあって、サラリーマンが二人座っている。一人は中年男でスーツを着ているのだが、炭鉱から這い出てきたようにくたびれた男だった。もう一人の顔とスーツには皺一つなく、ポケットには予備のボタンが気付かれずにまだ入っている。そうして若いサラリーマンは中年サラリーマンの腕時計を覗きこんでいた。自分の腕時計と交互に見て、それからリューズを回して時間を合わせている。
 口論も聞こえてくる。旅行鞄を持ったカップルが、なにやら観光スケジュールで揉めている。男はデジタル時計を、女はアナログ時計を手首に巻いていた。
 遠くでリュックサックを背負ったサラリーマンの男が走っていた。形振り構わず、靴紐が解けたまま走っている。
 そうしてまったく気味の悪いほど定時に電車は姿を現す。時間を合わせたサラリーマンの二人が乗り込み、カップルは口論を続けながら乗り込む。リュックサックを背負ったサラリーマンが駆け込んでくる。しかし一歩間に合わなかった、笛の音と共に扉は目の前で閉まった。扉の外でリュックサックを背負ったサラリーマンの顔は、早送りした花の萎む様子みたいであり、音のないため息が聞こえた。
 すると扉は開いた。車掌のアナウンスでは、「体調の優れない乗客の方がいらっしゃるので、大変申し訳ありませんがもう少々お待ちください」とのことだった。リュックサックを背負ったサラリーマンはなぜか意外にも取り澄ました顔で電車に乗り込んだ。
 乗客はみんな違う方向を向いていた。会社に遅れるという報告を電話でしている女がいたり、舌打ちをする男もいた。ランドセルを背負った女の子たちは、手を使った遊びをして笑っていた。そうして救急車のサイレンが近付いてきた。


散文(批評随筆小説等) 可愛い女の子たち Copyright 幽霊 2022-03-12 17:17:36
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