仮面
福岡朔

もう僕はよそへは行かないから帰っておいでと
ただそのひとことが聞きたかった

彼岸へすこし渡る その前にひるめしを食べよう
あなたはそう云ったので
わたしはピアスをして電車に乗りフォークをとった
やせてきれいになったとほめてくれて
あなたは彼岸へのおそれを口にしない
勇敢でたのしいこいびとだった

だけど あなた
わたしも彼岸へはひととき往っていたのです

そう云って仮面を取ったわたしの素顔に
あなたは絶叫してしまった
まひるのあかるい店のいぎりす風の紅茶の席で
あなたは絶叫してしまったのだった

あなたはその日 彼岸への切符を受け取ったが
結局渡らなかった と聞いた
安堵した
仮面の要らない生を活きてほしい
しんから願ったことに嘘はない

それから

仮面をかぶりなおしたわたしの
古いアパートのドアを穿った郵便受けに
どうしているかと便りが届く
閑かな暮らしを裂くように音を立てて去る配達夫

あなたからの
白い封筒 罫のない便箋 
几帳面な文字 おさない敬語

わたしの部屋に積もるあなたの言葉
積もる未練
あなたのものかわたしのものか解らぬ
みれん、というものが
積もる 積もってゆく
わたしの部屋に音もなく散りかかる
散りかかる 無数の便箋

けれど この耳に
あの絶叫は
いまも残り

みにくい素顔をさらすまいと
わたしは面をかぶったまま
つめたいゆうげを咀嚼している

配達夫が いま 去っていった 


自由詩 仮面 Copyright 福岡朔 2021-11-11 05:25:50
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