ネジ
草野大悟2

そりゃあそうだろう。
 降ってきたんだぜ。
 俺には確信を持った過ちにしかおもえなかった。
 ひとつやふたつじゃない。
 無数といういいかたが正しければ、おそらく無数という表記の仕方になるだろう。
 鉛を貼り付けたような空にカラスの鳴き声が黒く満ちあふれ、見上げられるものすべてを覆いつくそうとする、その直前、それは降ってきたんだ。
 俺はなにも嘘で塗り固めた話を始めようとしているんじゃない。
 信じられないのであれば、さっさと立ち去ることだ。あなたたちがもっとも安らげるあなたたちだけの擬似安穏空間へね。
 だれもそれを止めやあしない。
 たとえ血を流す祝福であっても、だれもそれを表には出さないし、まして、大声をあげて怒鳴ったり、拳をふるったりはしないだろう。

 今、おおきな黒が流れていった。
 どこへ行くんだろう。
 知っている人がいれば、教えて欲しい。黒いものの行方を。
 いつだって俺が探す黒たちは行方をくらます。
 いた! と感じた瞬間に五感から消え去る。 俺は、前世でも、そのまた前世でも、姿を変えながらそれを探してきた。
 黄泉の国にいる今のきみなら行方を知っているはずだ。
 きみはたぶん、俺にそれを教えたがっている。仏壇の蝋燭がゆれているもの。
 抱き合ったときのような吐息がかすかに聞こえるんだ。だから……。

 初めて出会った時の目の前にいる君は、ぷにゅぷにゅとした透明の物が湧きでるうす水色のゾルに棲む、さくら色をした極小の存在だった。
 俺は、君だけが自分の意志で安眠できる空間を提供するだけの場所にしかすぎなかった。

 君の食事の様は、その日、いつにもまして凶暴だったことを俺は知っている。
 君は、全身を口にして相手に襲いかかり、相手がどんなに泣き叫ぼうが、命乞いをしようが、なんの躊躇いもなく咬みちぎった。
相手の悲鳴が青白い血とともに、うす水色のゾルの中をゆっくりと昇ってゆく。
 その様は、ある意味、荘厳ですらある。
放心したように見つめる君は、まるでゲノムから見放され、宇宙に放り出されてしまった悲しみのようだった。

 食事を終えた君が睡眠空間に帰ってくる。
 凶暴な食事後の君は、ゼピュロスの風に包まれたがって泣いた。
 弾け出る凶暴さを制御できないことに苛立っているようにおもえて、俺はいつも、君の望むようにしていた。
 元どおりの小さな口とさくら色の佇まいを取りもどした時、君は必ずある決まった所作をするのだった。
 自分の意思で自分を慰め、四回達すると、大きなため息を放出する。
 そのため息は、痛々しさを伴って俺の体と心の隅々にまで染み込み、君と目合い、消化されていった雄たちに対する激しい嫉妬と憎しみの業火となって俺を焼くのだ。
 前前世で、前世で、そして今世でも、俺は業火に焼かれ続けている。それでも燃え尽きないのは、たぶん、お節介な天が俺に与えたゼピュロスの風に守られ、黒色に染まる直前の空から降ってくるものの正体をよく知っているからだろう。
 君が黄泉の国のきみと重なり合って、俺を焼こうとする時には、さすがに存在の一部がポロポロ焼け落ちしまうが。
 一等最初に、君たち二人が重なった、と体感したのはいつのころだろう。よく覚えていない。なんか、いつの間にか、という感じで。でも、うんざりするほど退屈な昔というわけじゃないことだけはわかる。
 二人が俺に与え続けているものが、俺の存在理由のひとつ(すべてかもしれない)になっていることも……わかる。
 君たちは驚くほど似ている。
 似ているくせに真逆だったりするから戸惑うし、そもそも別個の存在だからそれも当然だ、ともおもう。
 二人を並べて比べるんじゃなくて、二人が絡まり合って俺の中にネジの原型をこしらえた、といったほうがしっくりくるのかもしれない。
 二重螺旋のような君たちを俺は、あえて、「君」、という一個の個体として認識しようとつとめている。
「君」、は、この惑星に存在する懐かしいものたちを心の底から慈しむし、時空を忘れてその中に漂うことがとても好きだ。
 さらに驚くべきことに、「君」という存在自体を懐かしいものたちに同化させることさえできる。
 「君」、は、俺のなかを吹くゼピュロスの風に包まれて眠ることを好む。その眠りが永遠に続くのか、とおもわせるほどに……。
 ほほ笑みという光をうかべた「君」が眠る場所を提供できることが、俺はとても嬉しい。むしろそれだけのために在り続けてきた、といってよい。

 無防備にひらかれる「君」のフローラがしっとりと濡れて、固く閉じられたすべての器官がかすかなため息を漏らす時、俺の奥底のもっと深いところから愛おしさが湧き出てくる。
 「君」は風にのって、プラチナ色の光を放ちながら紺碧にかわった天を遡るのだ。
 その様を、俺は幾度となくぼんやりと眺めたことがあって、そういった記憶とでもいうべきものが重層的に降り積もる場所に、いつか「君」を案内したい、と感じている。ただし、「君」が、その時も俺と波長が合っていて、一緒に移動することを拒まなければの話だが。
 君たち二人は、おんなじ君たちなんだ、といったら、二人して怒るよねきっと。
 他の人たちだって、おそらく、そんな理不尽極まりない絵空事は決して是認しようとはしないはずだ。
 わかっているんだ、そんなことは。とっくの昔から。それでも、俺は、君たち二人は、同じ君たちなんだ、というしかないんだ。
 俺の中では、信じられない数のネジを降らし続ける存在、という一点で合致しているのだから。
 無理にこの解釈をねじ曲げようとすると、時空そのものに歪みが生じて、現世にある存在すべてが無、という呼称でよばれるようになってしまう。
 それだけは、俺がどんなに自分勝手な生命体だとしてもやってはいけないことだと、宇宙の意思に教わっている。
 つまり、端的にいうとこういうことだ。
 君たち二人を同時に俺の中で眠らせてはならない。
 理由は単純だ。
 二人は、同種同根の相反する渦巻きだからだ。その性質を保持し、かつ、無数のネジを内包する存在は、自らの独自性を強く主張する。その主張が拒否もしくは無視された時は、自分たちの安住の空間、つまり、俺の中のゼピュロスの風を破壊するとともに、この惑星そのものを消滅させる。自らの存在意義そのものもね。
 その先にあるのは、わかるね、そう、広がり続けるなにもない世界だ。あるものは、それを虚無とよぶし、あるものは暗黒空間という。またあるものは、∞(むげん)と名づけている。
 愉快だとおもわないか。∞だよ。ここに核心があるんだ。ぐにょぐにょ、ぷよぷよしているように見えるものたちの。

 この物語が完結するとき(仮にそういうことがあるとしたら)、俺はなにを見るのだろう。君たち、あるいは、一体化した「君」は、そこに在り続けるのだろうか。ネジは、光となって進むべき道を呈示してくれているのだろうか。
 わからない。
 わからないのだ。
 だれにも。
 だからこそ進みつづける必然性があるとおもう。
 ネジは、そのことを俺に示してくれる宇宙の啓示だとおもえるし、無条件に受け入れることこそが現世での俺自身の存在理由になっている、ともおもえる。「君」とのこともまさにそういうことなのだ。

 こうして目を閉じると、「君」の面差しが相似形で現れる。
 どちらが実体で、どちらが相似体なのかは、君たちが目まぐるしく現世と前世を往き来するから、俺にはさっぱりわからない。
 ただ、君らの双方が互いの相似形であり、一方が実体でもう一方が相似体、という固定化したものではないことだけははっきりとわかる。
 実体と相似体とが時空を超えて目まぐるしく入れ替わるときに、俺はなにを捕まえればいいのだろうか。なにに、燃えさかる業火を叩きつければいいのだろうか。
 灰白色のスクリーンに、繰り返し、繰り返し映し出される映像。
──  ももいろの液を流しながら達しつづけ
させられる君。ただ凝視する術しかない俺。
 そそり立つ突起で、何千年も貫かれつづける君の姿態を目の前に突きつけられるだけなのか。
 初めての生命体に挿入されたり、別に出会った物体と合体して一つの生命体になったり、黒の隙間から降りてくる音色に惹かれて、それまでとはまったく異なる物体に取り込まれ、何千年という時空を過ごして濡れあい、君がどろどろと溶けてゆく様を脳みその間近に突きつけられたり、そいつをくわえ込んで激しく首を振りたてて、流れ出したものを飲み込んだりしている君を目の当たりに感じて業火に焼かれることは、ある意味、君を俺のなかへと取り込むために避けては通れない、身もだえするような儀式とでもいうべきものかもしれない。
 それらの出来事は、たかだか千年ほど前に実在している。
 決して、前世とかの話ではないのだ。
 俺は、時空を超えて君を探し、出会い、現世のこの空間でひとつになって存在することができるようになった。
 君は、おずおずと俺に馴染んで、心や内臓や脳みそなどを放出するようになってきている。
 そんな時に、ごたごたとした業火の種をほじくり返して、君の実態を明らかにすることなど、おそろしく無意味なのだ。
 そればかりか、著しい消耗が牙を剥いて待っていることが明確に予見される。
 もう、いいじゃないか。
 俺と君が今、この空間でひとつに存在する、ということだけで十分じゃないか。
 もう、やめよう。
 ただ、この瞬間と少しばかり先の時と、来世だけを見ていこう。

 君と俺とは、いつかの時空で、ひとつの生命体だった、と感知させてくれるものがある。それは、空の声だ。
 だれもがその声を聞けるわけじゃないから、俺のいっていることはただの空想あるいは幻聴、幻覚の類だと解釈してもらってもいい。いや、むしろ、そのほうが自然だろう。
 しかし、ごく少数の生命体には確かにその声は聞こえる。
 はっきりとね。
 もちろん、きみにも聞こえているはずだ。
 きみがその声に戸惑っているのがわかる。だってきみは、つい百年ほど前までは、その声を聞くことができなかったばかりではなく、その存在自体を知らなかったし、知ろうともしなかったんだから。
 それが、この空間で俺とひとつに存在するようになり、ゼピュロスの風のなかで眠るようになってから、空の声の存在を感知できるようになったし、聞くこともできるようになっている。
 君は、もう、とっくにその事実に気づいている。それなのに、生来の負けず嫌いから、認めることを拒んでいる。
 だって、そうだろう?
 その声が響くとき、君のフローラから泉のようにあふれ出るものがあるじゃないか。
 君が、そのことを是認しようが否定しようが、それ自体は枝葉末節であって、「あふれ出る」という現象に抗うことが出来ない、という事実こそがとても重要なことなのだ。
 そうだろう? 
 君は、「あふれ出る」。
 君は達する。
 小さな口から薄い吐息を漏らしながら、何度も何度も、達する。
 それが事実だ。
 それが現実だ。
 達するときの君は尊い。
 プラチナ色の光を体全体から発し、眉根を微かに寄せながらくねり、跳ね、震わせ、落下する。
 その様を見つめるのが俺はとても好きだ。 君が発する光に包まれて、俺の存在がドロリとした液を吐く。
 放出されたものが、君の中に取り込まれ、持ち上げられた光が一層の輝きをはなち、すとん、と落ちる。
 うつ伏せになった光の名残が、細やかな振動を続けているのがわかる。
 この瞬間を切り取っては積み重ね、積み重ねしてエーテルのなかで浮かんでいるときが好きだ。ただただ、浮かぶ、という一点だけで俺と君は完結する。
 そこに異物が紛れ込む要素はまったく、ない。
 バリヤーさえないのに、だ。
 そもそもここにはそんな理不尽は不必要だ。 求められない理不尽ほど、哀れなものはないように。
 バリヤーという名の理不尽は、ここではそれ程の存在にしかすぎず、何百年かあとには、その存在自体が消滅してしまうだろう。後ろから貫けない苛立ちを残しながら……。
 
─  おいおいおいおい。
  見えるか?
  また降ってきたぜ。

─  ああ、見えるとも。
  次から次へと、まあ、ほんとうに、
  よく降るもんだな……


自由詩 ネジ Copyright 草野大悟2 2021-09-03 13:14:28
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