小詩集・草心(そうしん)
岡部淳太郎
草心 1
その薄さだけで
大気にさらされ
風に嬲られる
大気という
混沌の暴力のなかに
その薄さだけで
草心 2
折れるほどの細さに
宿る心は
千切れるほどの薄さに
宿る心は
その心で
祈るものはなにか
その心が
契るものはなにか
草心 3
その鮮やかな緑も
やがて枯れる
その時の
草の心はどこに
変わり果てた色のなか
ただ葉脈のかたちだけが
緑の名残を留めて
草心 4
虫たちが止まり
草と互いにくすぐりあって
共に生きている
動かぬ草は
動く虫のために生え
動く虫は
動かぬ草のために飛び
草心 5
笑うなら笑え
草生えるこの土に
笑いはこだまして
無数の草の間を反響して
草生えるそのことが
この土の栄養の証し
笑うならば
降り注ぐ陽光のために
時に濡らしに来る
雨の水のために
そうして草生える
そのことこそが笑まひ
草心 6
その嬲られるだけの頼りなさで
伝えられるものはなにか
送ることの出来るものはなにか
ただその薄さだけが
心として大気の濃密さのなかにあって
その濃さを通して通信しようとする心
風に飛ばされる手紙のように
薄く頼りないだけなのに
伝えようとする心があって
そのためにそよいで
そのためになびいて
(二〇二〇年八月)