三面鏡に挟む春
ただのみきや

猫はバンドネオン
彼女の腕に抱かれ
残像の融解と拮抗する
毛皮のレジスタンス


霧の池に耳を沈める
跳ねる魚
飛び立つ水鳥

昨夜の夢から浮かび上がる
白い死体
隠れた月が手繰り寄せる
水の囁き 
喃語に手足が生える

春 首を伸ばした亀
過ぎ去ったこと全て
夢の素材となる


太陽の残響 濁った景色

女の懐の匕首 見開いた沈黙


声には飛び去る翼がある
瞳はあがく術もなく溺れ
夜はその上で口を閉ざす

頁をめくる
長い あるいは刹那の breath


人生など読み解くものではない
何らかの運命 何らかの因果
隠された意味 普遍的価値
それらは覗き込む魂の影法師
己が思念の残響
わたしの書く詩と同じように
わたしの人生は支離滅裂
道端の花を摘む快楽
言葉はわたしのマゾヒズム


そう過ぎ去ったこと全て
夢の素材なのだ
夢は自己の創作物
自我は時に反目しつつ
見続けるしかない が
その感情は作品を多少なりとも
辻褄の合うものへ
捉え直そうとする
鳥籠で夜は飼えず
水槽で夢魔は育たない


裾野を広げても
標高は変わらない


鏡の中に音はない
鏡のわたしは耳を澄ますが
聞えているふりのパントマイム
喧噪は想像できても
彼が静けさを想像することはない
そして永久に
わたしと目を合わすことはない
神がわたしの目を見ても
わたしの目に神が映らないように


雪解けの暗い水が映し出す
忘れてしまった名前を呼ぶ声
二階建ての伽藍洞を
無数の春が裸足で汚して行った


また水晶が溶けて行く
頬には囀りを
影には羽ばたきを


彼女は貝殻に熾火を隠す
歌声に湿った枯野で
わたしは唇を押しあてた
蛙のように冷たい
迷信は逆子を身ごもっている
真っ白い遺失物が
振り返るとどこまでも


                《2021年3月6日》








自由詩 三面鏡に挟む春 Copyright ただのみきや 2021-03-06 12:46:00
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