姉妹の家
末下りょう


ええ、生まれて一度もこの家の敷地を出たことはありません/はい、生まれて一度だけこの家の屋根から海に飛び込んだことがあります/
いつかの夏、この家を飛び出して七日のあいだ何処かを彷徨い歩いていました/確か生まれてまもない頃、この家から木枯らしのような獣に拐われていたことがあるそうです/
冬から冬の一年と決めてこの家を遠く離れた冬のない街で暮らしました/この家から七歩の土くれに風を握りしめて立つ春の人を訪ねたことがあります 足下に落ちる涙に躓きながらの 最初から最後の旅でした )


わたしたちには生活をしていけるだけの遺産が愛のように残されており 
わたしたちには働きに出る理由が夢のように残されておりません

長女はこの家の敷地の外を知りませんが この家の中のことは誰よりもよく知っております この家の机に座っていることでお金を稼ぐ妹もおります よもすがら外の生活を懐かしむ姉もおります 屋根裏に閉じ籠り線だけの絵を描き続ける姉もおります 神に祈る双子もおります 小さなバルコニーに毎朝のように花を飾る者もおります

わたしたちはこの家の外では決してできないことをやり続けております わたしたちはみな一様にこの家を愛しております

庭師たちはよくわたしたちに笑いかけてくれます 配達人たちがわたしたちを外に誘ってくれもします みな気のいい人たちです

この家は外観ほど広くはないので 姉妹で肩を寄せあい生きております

わたしたちの体温が絶えずこの家を暖め 花束のように手渡された灯火を守りながら それぞれが懸命に日々を過ごしております

わたしたちには溢れるほどの遺産があるからでしょうか 幸いわたしたちに 働かざるもの食うべからずと言う者もおりません

わたしたち姉妹は家を守るためにそれぞれの仕方で働き 生きております




自由詩 姉妹の家 Copyright 末下りょう 2021-02-26 01:43:24
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