ついーと小詩集
道草次郎
「雨」
夜の雨の音がする
夜の雨の音の匂いがする
いや
夜の雨の音の匂いの音がする
ちがう
夜の音がする
うん
そういうことだ
「朝」
朝
朝のくらさがある
まだ
くらい朝のなかに朝がある
朝は
あかるさではない
朝は
記憶の無い夜だろうか
「おおきいとちいさい」
とてもおおきなとき
ちいさなもののちいささはおおきい
とてもちいさなとき
おおきなもののおおきさはちいさい
「過去」
レモン色のB6サイズのノート。
覚悟のない眼差し。
HBより薄い線の矢印。
ページの四隅で泣いている人。
泣いている人。
「苔」
どれがどれよりどうだとか
誰かが誰よりうえだとか右ななめ下だとか
白鳥の群れの中の黒鳥だとか
早わらびの頃の森の匂いだとか
酩酊した人のもつ酒瓶の底に残るすこしのアルコオルだとか
そうゆうことはひとまず置こう
置いておこう
多弁が過ぎて花が咲いてしまう
石のようとは言わないけれど
せめて苔のように
苔のようにもったり陶然と
「成分」
99%の詩は
ぼくはとくべつなんだいッ
て言ってる
あとの0,9パーセントの詩は
剥離紙に包まれた1,2リットルの血液
そして残りは
鍬の柄を杖がわりにしてたたずむ農夫だ
「あんまない」
かかなけきゃ
いられない
そうしないと
あすがあすに
いてくれない
かけばそれでも
あすにすわってて
くれるのだ
それいがいに
かくどうきなど
あんまない
「月行き」
なにはともあれ
黒田三郎の
『小さなユリと』をひらこう
月の図書館へ飛んでいって
兎と
餅の搗き合いだ
「かつてぼくは」
かつてぼくは
星やとうぞくだった
水族館でもあった
ベートーヴェンだったりもした
きおくだったことすらあった
時には工事中だったことも
でもいまは
単なる原子の集合体だ
うまれちゃったから仕方ない
この一本の草はそれでも
一生懸命に
風の海をどこまでも泳いでいく