春の会話
田中修子
……おいで……、……オイデ……たたたたたっ、
ざ……オイデ、……おいで……、
だれ、
そうして目を、覚ました、厭わしい、あんなにハラリと逝くことができたのに。
よく仲間としゃべってた。
(死ぬのにも、一苦労というあの生き物たちは悲しいね)(とてもたくさんの不満を抱えながら、それを身の内に毒としながら、やがて侵され病となり)(ほら、朝方から内臓がぐちゃぐちゃで)(その前から左の枝から赤い樹液が止まらなかったわよ)数日が経った(あら、結局あの生き物とよく一緒にいた生き物も左枝から樹液を垂れ流しては、踏切に毎日たたずんでいる)(私たちはよかった。あら、順番が来たわ、さようなら、さようなら)(--風に乗って良き旅路を!!--)
呼ばれましても。もう死にました。あのあと、みなが呼ばれ、私はどうしたわけか最後のほうまで凍えて、でも時が来ました。もう、ゆくときであることを。そうしてヒラリと落ち、地面に優しく、たたきつけられた。
そうして永らの眠りについたのに。
……ねぇ、いつまで、ぽとぽとぽとっ、夢を見ているの、オイデ……
そんな懐古にしがみついて嬉しい? ね、おいで、おいでよ、たたたたたっ……
虫に齧られたけど、そんなに痛くはなかった。麻痺してたんだ。
齧られて排泄されて、意識は分断されながらどこか、繋がっていて、思いだす
私は実にはならなかった、
が、春のやわらかな陽を受けて少しずつ眩しくなり、夏に実のために体を大きく広げて光と交わった、秋が忍びやかな足音でやってきたときは、少し騙された気がしたけれど、
地に落ちて、眠りにつくのだと思った。はじめての地面、眠りと眠りの合間。あの生き物がやってきて、私をひらりとつまんで抱いて、涙が体に落ちて、少し、目をさます。さみしい、
「ね。この木からなら、あの子が飛び込んだ瞬間が見えていたのかな。誰かあの子を見守っていたのかな。ひとりでさみしくなかったかな。どうして気づくことができなかったのかな。なんで一緒にいけなかったかな、ひとりでは、私、勇気が出なくって、なんて、」
よわい、と生き物は呟いて、私をおろして去っていた。
あの生き物はホント馬鹿だ。生きているほうが強いに決まっている。
それから眠ってて、虫に食われたり、人に踏まれたり、やがて腐って、でも甘い、甘い私の体臭、散らばって、ばらばら……に、ねむ、ねむい、これで、還っていくということ、土に。あの生き物は、内臓がバラバラになったほうは、還れたかなぁ、
おいで。
(あなたの名前を教えて)
僕は春の雨。君を土にもっと溶かして、あらゆる木々に入れよう。
(あの生き物をしっている?)
僕たちは何でも知っている。
(あの生き物が、私がかつて抱いた枯葉で、いまは咲き誇るのを待っている蕾であることをしるようにして頂戴。そのように、思い出がこの星を巡ることを、こっそりとささやいてあげて頂戴)
つよい雨が朝から夕暮れにかけて降りしきっていた。土の濃い匂いが、雨に打たれてこの部屋まで漂ってきた。