俳句の良さについて
道草次郎

信濃毎日新聞という故郷の新聞に、むかし、俳句を投稿していた時期がありました。何度も投稿したものの全部没で、一度も俳句欄に載ることはありませんでした。一度でも自分の書いた俳句が新聞に載っていたら、どんなに良かったろうと思い今でも少し哀しくなります。

ぼくにはまだ一歳に満たない子供がいて、もし自分の俳句が新聞に載ったらいつかその子に見せられるのになあ、と漠然と考えます。何だかおかしな話ですがこれがけっこう本気なのです。

俳句はわたくしというものをとことん削り尽くす芸術でもあります。その事こそが俳句の素晴らしさの一つだと思うのです。それはどこか音楽に似ているような気もします。十七音という形式の美しい制約によって浄化されていく詩、それが俳句とも言えるのではないでしょうか。

自由詩には自由詩の良さが勿論ありますが、俳句ほどに結晶化した純粋さは無いと思います。俳句は、俳句人口の裾野の広さからも分かるように、多くの人が親しみやすいものです。芭蕉や蕪村、一茶等の句を読んで鬱々としてしまうことはまずありません。この事は、俳句の特筆すべき特長であると思うのですが。

最後になりますが、本年は気持ちも新たに信濃毎日新聞の俳句欄に俳句を再投稿してみようと思います。この散文をお読み下さった方にそれをお誓いし、筆をおくこととします。

ここまでお読み下さりありがとうございます。



散文(批評随筆小説等) 俳句の良さについて Copyright 道草次郎 2021-01-28 00:09:17
notebook Home 戻る