ラムネ
アンテ



濃い緑色の瓶は
ひんやりと冷たい

ラムネっていうのよ
ヒロコちゃんが
わたしの耳元でささやいた
花壇の柵に二人もたれて
瓶を高く掲げると
緑の濃さが変化した
きれいな瓶
そう言いたかったのに
やっぱり言葉は出口を見つけられずに
わたしのなかを
ぐるぐると回り出した

教科書を読み上げるのは平気なのに
なにかをたずねられると
とたんに言葉が出てこなくなる
「はい」か「いいえ」
首の振り方だけで返事するうち
薬局のまえにある
カエルの名前があだ名になった

向こう側が透けて見えるものが好きだ
太陽にかざしてみると
ひとつとして
おなじ色や濃淡を持つものはないから
一番のお気に入りは
ヒロコちゃんの手だ
あんなにきれいに
血管や骨が透ける手は
ほかにはない
太陽の光でものを透かして見ることを
教えてくれたのも
ヒロコちゃんだ

白いプラスチックの道具で
ヒロコちゃんが
栓を押し込んでくれた
炭酸水を飲むのははじめてだった
歯が溶けるからダメって
おかあさんに言い聞かされていたから
瓶を傾けると
口のなかで甘い泡がはじけた
炭酸水が出てこなくなったので
瓶の口を覗くと
ビー玉が穴を塞いでいた

出口が見つからなくて
言葉たちは
ぐるぐる ぐる
わたしのなかを回りつづけるうち
血に溶けて
なかったことになる
あんまりたくさん溶けすぎると
血がドロドロになって
固まって
死んでしまうから
うっかり転んで怪我をした時
赤い血が出ると
正直 ほっとした

でも
言葉って何色なんだろう

太陽に手をかざすと
ヒロコちゃんの手は
ほんのりオレンジ色に染まる

くぼみにビー玉を引っかければ
ちゃんと飲めるのよ
ヒロコちゃんの言うとおりにして
ラムネを全部飲むと
お腹がいっぱいになった
空気の塊が
喉の奥のほうから上がってきて
ぐゎああ
間の抜けた音がした
ヒロコちゃんが笑った
わたしも
気がつくと笑っていた

朝のうちはまだ
体は軽い方だ
夕方になる頃には
手足がだるくなって
学校から帰る途中
何度も休憩しなければならない
肌を指で押すと
言葉でぱんぱんに膨れあがっている
針で刺したら破裂しそうだ
夜はごはんを食べる元気もなくて
お布団にやっとのことでもぐり込んで
目を閉じると
次の瞬間にはもう朝になっている
布団から抜け出して
また同じ一日のくり返し
くり返しだった

なにがあっても慌てないでね
ヒロコちゃんの手のなか
ビー玉を押し込む道具が
わたしの頭のてっぺんに押し当てられた
目の前
前傾姿勢の胸が
小さく息を吸った
頭の芯がぐっと押された瞬間
カラン
かわいた音がした
途端に
わたしの両目から涙がだくだく流れ出して
顎を伝って地面に落ちた
ラムネ味よ
ヒロコちゃんが涙を舐めた
わたしも試してみると
甘くておいしかった
ラムネの瓶二本分ちょうどで
涙がとまったので
こぼさないよう
注意しながら
二人しっかりと手をつないで帰った
とちゅう
ヒロコちゃんを真似して
瓶を太陽に透かしてみると
小さなビー玉が
くびれた部分にちゃんとあった
わたしといっしょ
とても自然に言葉が出た




自由詩 ラムネ Copyright アンテ 2003-11-24 02:40:12
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