光の言葉、水の言葉、石の言葉
道草次郎

「男の最期」

「砕けたガラスと現実はよく似ている…」、破片に映る空を動く雲がそう言った気がした。地に斃れた男の最期の思考はそのようなものだった。それは、まばゆくも暗くも無かった。ただ意識が遠のき世界が白んだだけ。音がなくなり風が途絶える。それだけだった。一つの帳がおりる。それっきり男は宇宙に存在しないものとなった。広い荒野に、風。風の音が聞こえている。ただ、風のおとだけが。


「木言葉」

木は黙っていたのではない。いつも言おうとしていたのだった。しかし何故かつっかえてしまい、あと少しの所で、言葉は出てこなかった。そのようにして木の喉元には花開かなかった未生の言葉がどんどん蓄積されていった。それは、いつしか不思議な魔法の養分となり菌やとなり合う別の植物たちを刺激し、驚かせた。透明な冬の妖精はその木の梢に耳をあてては微笑み、根に爪をかけたモグラは瞬く間に陶然とした。その木の名は?その木の名は、ハナミズキ。木言葉を「私の思いを受けて下さい」と云う。


「光の言葉、水の言葉、石の言葉」

それはとても長い歳月を必要とする種類の言葉だった。この宇宙にはじつに様々な種類の言葉があるので人間にはそれが分からないだけなのだ。光も言葉だった。水も言葉だった。石もそうだった。古いカーテン越しにとどく光が話す言葉は懐かしさを教え、アイガモが泳ぐ田圃の水面に降り注ぐ光の言葉は充足について語っていた。ミズスマシの起こす波紋に忠実な水は時について論じていたし、南洋を襲うハリケーンの一粒は無力とは何かをしめしていた。砕けた岩の割れ目は風を際だたせ、石庭の石は蜥蜴に嘆息していた。それはとても長い歳月を必要とする種類のメッセージであり、いつまでも辛抱強く待てる心のうつくしい表明でもあるのだった。



自由詩 光の言葉、水の言葉、石の言葉 Copyright 道草次郎 2020-12-07 12:09:07
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