とても広い部屋
道草次郎

蝶番が何億光年か先にある大きな部屋では
たくさんのことが大変だ

想像してみて

太陽系はその部屋の住人の
鼻の穴の鼻毛のそよぎのようなもの
鼻毛を横切る彗星とアポロの夢
エウロパの謎めく海と
怒ったイオの火山もそのなかに全部ある

テーブルのティーカップで
やっとアンドロメダ星雲だ
それから少し離れた所にある
腕時計は球状星団

その先はなんともはやの展開
ソファに行くには
恒星間航行が必要だし
お湯が沸いたのを
パルサーが報せても
駆けつける頃には
いつも凍りついているわけで
部屋の真ん中に
ドンと掲げられた大きな柱時計は
相対性理論のせいで
なにやらずいぶん
面倒な話になってしまっている

観葉植物は
差し渡し数百光年の
世界樹だ
それにマーキングをする飼い犬は
同じく差し渡し数光年の
巨竜然としていて
そのおしっこの放物線は
差し渡し数百光年の
アンモニアの煌めきか

キッチンで何が行われているのか
冷蔵庫とは何で
それがどんな用途のもとに存在するのかは
永遠の謎だし
果物ナイフの刃渡りは
冷ややかな金属の
無限の如きスケートリンク惑星だ
カーテンを開け放ったむこうに見える
外の世界は
それはもう悪魔の世界に相違ない

いずれにしろ
その部屋の住人は
相当な長命でなければならず
最近ようやく
鼻毛と鼻毛を間を
行ったり来たりできるようになったばかりらしい
自分という天の川の真ん中
そのおへその辺りに
いくらかむず痒いブラックホールが
あるらしいことにもやっと気付いたようだ

部屋のドアノブが老朽化して
ポロリと落ちてしまい
誰も彼もがそっちの方を
振り向いたという面白い話は
またの機会にでもすることにして
とても広い部屋の小さなお話は
このへんでおしまいにすることにしよう



自由詩 とても広い部屋 Copyright 道草次郎 2020-11-17 02:21:38
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