さよなら、どうせだしね。
月夜乃海花

「これを読んでる時、既に僕は」
私は今、恋人の成宮の部屋に居る。ここ数日、連絡が取れなかったため急いで最終の電車に乗って成宮の住んでるアパートまでたどり着いた。アパートのドアをノックする。
「ねぇ!ねぇ!」
もちろん反応は無い。
「成宮?居ないの?」
何度も叫ぶが返事はない。
そっとドアノブを捻る。すると鍵はかかっていないようだった。恐る恐る入ると部屋に様子は変わった様子が無く、強いていうのであれば目につくガラステーブルに2枚のメモがあるということだった。
1枚目
「これを読んでる時、既に僕は春香の前に居ないかもしれない。僕が何をしたかったのか。それはこの部屋の中にある。これは最後の遺言となるだろうから。」
2枚目
「春香はいつもチョコレートプリンが好きだったね。『これじゃないと嫌なの!』っていつも同じものをカゴに入れてた。」

1と2枚目を読み終わった。困惑している。遺言?何がしたかったか?そういえば、成宮は謎解きが好きだった。もしかしたら、これは彼にとっての最後のゲームなのかもしれない。とはいえ、命がかかっているのならこんなことをしている暇はないのだけれど。2枚目のメモより、冷蔵庫を開いていつも自分のプリンを入れていた場所を確認した。案の定、メモがあった。
「あの日、春香は泣いていたよね。どうしてなのかわからなくて僕はベッドの中で頭を撫でることしか出来なかった。その涙の理由は後で知ってよく理解したよ。」
ああ、あの時のことか。成宮が私との付き合った記念日のことを忘れていたから泣いたあの日。本当は違う理由なのは内緒。記念日よりも大切なことを忘れられていたから。
ベッドの枕を持ち上げる。するとメモがまたしてもあった。

「僕は仕事で忙しくて、春香に構ってあげられなかった。本当に申し訳ないと思っている。ずっと仕事ばかりで春香のことが頭から抜けてたことさえあったんだ。それでも、春香なら受け入れてくれると思ってしまった。ベランダから春香を見たとき、びっくりしたし同時に何もかも察したよ。」
ベランダから、私を見た?どういう意味だろうか。なんだか嫌な予感がする。とりあえず窓を開けて、スマホのライトでベランダを確認する。ベランダにメモが落ちていた。いや、メモというよりこれは写真だろうか?写真には私ともう1人の男性が映っていた。これはよろしくない。とりあえず、写真の裏側を見る。
「春香は本当に好きなものは何?僕は知ってるよ。そこに最後のメモがある。」
私の好きなもの。プリン?そんな訳はない。

少し疲れたのでソファに座って考えることにする。成宮と付き合ったのはそもそもどうしてだったろうか。初めて成宮と出会ったのは大学3年の時。ある本を読んでいたら話しかけられたのだ。
「僕もそのミステリィ、好きなんですよ。あの、貴方もお好きですか?」
私はその本をたまたま読んでいただけで、好きではなかった。しかし、好きと言ってしまった。思えば、そこからが始まりだった。
「この本は面白いんですよ。」
気づけば本と共に図書館に居る私に話しかけてくるようになった。
「何が面白いかというと__。」
成宮の悪いところはその本を目の前の人に貸そうとしているはずなのに予めトリックを言ってしまうのである。
「で、今回のその本は橋本だかがアレしたからってことだよね?」
「はい、そうです。あ、ごめんなさい。」
これが私達のルーティンワークだった。
全てバラされてしまう。それでも、なぜかこの成宮という人物に惹かれていき、次第に恋人になっていた。
私の好きなもの。考える。ひたすら。
こういう時は成宮の思考になって考えた方がいい。成宮は恐らく、私が浮気をしていると思っている。逆にいうと成宮は私を試しているのだ。どうして自分と付き合ってるのかを。このゲームで。
「ふふふ」
思わず笑ってしまう。あまりにも馬鹿すぎる。
3つほど選択肢がある。
だから。それぞれ、確認することにした。

1つ目。
成宮の貯金箱。500円を必死に貯めている貯金箱である。とはいえ、本来この人はこんなことする必要はないのだが。貯金箱の底にメモを発見した。これを1とする。
2つ目。
飾られている私達の2人の写真。これはカップルにありきたりな水族館での写真だ。写真立てのネジをドライバーで取る。写真の裏にメモを見つけた。これを2とする。
3つ目。
遠くに飾られている写真立てを見る。これは高校時代の頃の写真だ。成宮やその他大勢が写っている。私にとってはその他大勢ではないのだが。

まずは1と2のメモを確認する。
1
「やっぱり、春香は僕の本当のことを知ってたんだね。それを隠すためにわざわざ田舎まで行って、普通の人間として生きていこうとしてたのに。僕に近づいてくる人はいつもそうだった。『あのナルミ・インターナショナルの息子さんですよね?』と言われるのがずっと嫌だった。君にはわからないだろうね。そう、金のために近づいた君ならね。」
2
「もし、これを春香が読んでくれていたのなら、僕は大きな間違いをしてしまったのだと思う。僕はずっと人を愛せるかわからなかった。春香は初めて、僕の好みを否定せずににこにこと微笑んでくれた。あの日、春香が水族館に行きたいと行って無理やり連れて行かれたような形になったけれど、行ってよかったと思う。イルカを見ている時、涙を流しているのを見て春香も僕も孤独なもの同士だと思ったんだ。だから、愛しあえると思った。本当にごめんなさい。僕は居なくなるけどどうか、幸せになって欲しい。」

1と2のメモを読み終わる。笑いながら破り捨てる。
違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う!

3つ目
成宮とその他大勢の写真立て。ドライバーでネジを外しても何もなかった。だったら、私が書き込んであげよう。

成宮さんへ
私の兄を覚えていますか。
その写真の後ろで小さく写っている人です。
兄は高校で虐めを受けていました。
いつも兄は制服がボロボロになったり、泣きそうになりながら帰ってきていました。
でもある日、突然笑顔で帰ってきました。
「今日、新しい転校生が来たんだ。すごくイケメンな子でねぇ。みんなそっちに夢中だったんだよ。初めて、俺普通に帰ってこれたわ。」
兄は涙を流しながら笑ってました。
しばらくすると兄への虐めは終わりました。みんな、その転校生に夢中だったからです。どんなに隠しても「ナルミ・インターナショナル」という名前は隠せなかったのでしょうね。
兄はミステリィが好きな人でした。だから、貴方が兄に気づかない訳がないと思います。私に話しかけたように兄に「ミステリィがお好きですか?」と話しかけたのでしょう。兄は怯えていました。貴方が話しかけたこと、そしてそれよりも他のクラスメイトの目が獲物を見るかのように見つめていたということです。そして、虐めは始まるどころかエスカレートしました。「どうしてお前があの御曹司なんかと話せるんだ!」
「気持ち悪い面してるくせに、キショいわ」
「お前なんか成宮さんに似合わない、消えろ」
「消えろ消えろ」
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。」

兄は高校卒業後、大学進学をして2ヶ月後に首を吊りました。この虐めのことは全て日記に書いてありました。何を言われたのか、何があったのか全てを。
だから、私は貴方に見つけられるように同じ大学に進学し、わざわざ兄と同じミステリィを読んでました。流石に高校時代で余程ではないと社長の息子だということは隠せないことに気付いたのか、非常に地味な髪や服装で私に近づきましたね。それでもわかりました。
「成宮くんはみんなと違ってとても優しい目をしてるんだ。ミステリィの話をすると何も見えなくなって、トリックまで話してしまうんだよね。でも、僕は嫌いになれないんだ。」
兄はいつしかそう言ってました。最初に貴方と会った時、本当にその通りの人が現れると思ってなくて少しぽかーんとしてしまって好きでもないミステリィを好きと頷いてしまいました。いずれにせよ、貴方に近づく予定だったので問題はありませんでした。
私はただ復讐をしたかっただけなんです。
メモの「あの日泣いていたよね」は、その日は記念日ではなく、兄の命日だったからです。知ってましたか?また、写真の男は探偵です。探偵を雇って貴方の情報を全て網羅しようとしていました。
1番悔しかったのは、貴方は悪い人では無く、ある意味本当に普通の人で兄のことさえなければ普通に一緒に居られたということです。でも、私にとっては成宮さん。貴方が兄を奪ったんです。もし、自分のせいで兄が虐められているのだったら止めることだって出来たはず。なのに、貴方は知らんぷりをした。見て見ぬふりをしたんだ!

手が震えてメモが書けなくなる。メモといっても字数が長すぎてメモでは無く手紙になってしまっている。
お兄ちゃん。そっと写真立てに手を触れる。
「お兄ちゃんは成宮さんと出会えて幸せだった?私は、ごめんね。少し幸せだった。ごめんね。」
涙がこぼれ落ちる。どうしてこうなってしまったのだろう。兄は何も悪くない。成宮もきっと悪くない。悪いのは見て見ぬ振りした大勢だ。

もう、つかれたよ。私。
そっとキッチンから包丁を取り出す。
「さよなら」
胸に包丁を突き刺した。
「お兄ちゃんと一緒に逝くよ。どうせだ。死ね。」
春香はそのまま倒れた。血の染みでベージュのカーペットが、バラバラになったメモがただ紅く染まっていった。


散文(批評随筆小説等) さよなら、どうせだしね。 Copyright 月夜乃海花 2020-11-16 02:17:40
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