よくある話
ヤギ

それが何だろうとは考えなかった
例えば自分の乗っている飛行機が墜落するとき
墜落という現象について考えないのと同じように

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そこに行こうとしたのではなく
他にどこへ行けばいいのか分からなかった
向こうは向こうで
自分がどこにいるのか分からなかったんだろうと思う

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ずっと見ないフリをしていた
不自然な隙間を埋め合う充足感
こんな気持ちになったことがあったか
生きていることが嬉しい
過ぎていく時間が怖くない
死が怖くない

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居場所を見つけたとき
しばらくの間はホッとしていても
そのうちここに留まっていてはいけないと思う

そんなことを思う必要はない
そんなことを思う必要はない

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夢を見た
誰もいない工場に
携帯電話が落ちている
拾うと誰かに繋がっていて
会話しようとするのだけれど
次第に声が小さくなるので聞き取れない
何度も聞き返しているうち
電話は切れた

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ある日 普段通る道の街路樹の一本をふと見上げ
太陽に透けた葉の一枚一枚の美しい緑とその多様性に感動した
それに混ざって落葉しなかった枯葉の暖かな茶色
こんなにある葉々がそれぞれに動いている事実
それらと空の青と雲の白の対比
巻き散っている雲の上部から想像される1km上空の風の強さの果てしなさ
底なしの空の怖ろしさ 切なさ
世界を美しいと思った
自分の周りのもの全て
コンクリートさえも輝いて見えた
あらゆる生き物が そして自分が輝いていて見えた
皆を愛していると思った
何かを悟ったと思った
明日になればこの感覚を思い出せないだろうな とも思った

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「−−−−−−−」

驟雨の中で告げられて
ちょうど足元に生えていたタンポポのように
ヒザをついた
その人は後ろから
顔を近づけ
口を開き
首筋を

噛んだ

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結局どこへ行くこともなく
教訓も答えもない
始まって終わった
よくある話



自由詩 よくある話 Copyright ヤギ 2005-04-17 20:32:10
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