夜の銀狐
板谷みきょう

地方巡業にも格付けがあるらしく
歌手とマネージャー二人で
車で移動しながら
キャバレーやクラブを
巡業していた演歌歌手の
付き人をしたことがある

演歌歌手は移動中
のど飴を舐めながら
色紙にサインを書いていた
サイン色紙とシングルレコードを
併せて千円で売るのが
ボクの役目だった

ボクがフォークシンガーだと知ると
実は
僕もヤマハのポプコンで入賞して
芸能界入りしたんだけど
音楽事務所の意向で
演歌歌手として
デビューすることになって
演歌を歌うようになったんだよね

演歌歌手はそう話してくれた

繁華街を取り仕切っている地回りに
マネージャーと一緒に挨拶に行き
歌いに行く店の名前と
時間表を貰い
深々と頭を下げて
お店に出向き歌ってた
けれど
アンコールやレコード販売などで
時間通りに移動できず
最後のお店に行った時には
地回りから
客を待たせておいて
何様のつもりだ!と
怒鳴られ
そこでも
深々と頭を下げたりした

時にホステス嬢は
ボクを売り出し見習いの
演歌歌手と間違えて
歌うように勧めてきた

そんな時
演歌歌手は
自分のカラオケを貸してくれ
歌うことを許してくれた

その時のカラオケが
「夜の銀狐」だったのだ

苫小牧から舞鶴に向かう
フェリー乗り場で
一緒に行こうと誘われたが
ボクは
北海道に残る道を選んだ

演歌歌手の名前は
野村何某
結局、ヒットも出せずに
売れることも無かった

けれども今も尚
彼の付き人として
三人で北海道巡業をした時のことは
ムード歌謡曲「夜の銀狐」と一緒に
ボクの心で
小さく輝き続けている


自由詩 夜の銀狐 Copyright 板谷みきょう 2020-11-05 12:02:16
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