I Won't Grow Up
ホロウ・シカエルボク


受話器を耳に当てたけれど水難事故の被害者の泡音が聞こえてくるだけだった、そこでそうそうに電話を切って、そのとき電話が鳴らなかったらしようと思っていたことを実行しようとしたけれど、それがなんだったのかを一瞬すっかり忘れてしまって、いっそのことほかのことをしようかと考えていたところ、ギリギリで思い出した、昨日の夕食からシンクに溜めていた皿を洗うつもりだったのだ、ソファーから立ち上がり、身体をゆっくりと左右に揺らしてみた、昼食はあらかた消化されたようだ、近頃体調がすぐに崩れるのでいちいち確認しながら動く癖がついた、なにかが明らかにされていない、なにかが完全には修復されていない、いまいましいことには違いないが、そうした現象には子供のころから慣れっこになっている、今回たまたまそれが身体の方にあらわれたというだけのことだろう、そんなこともあるさ、なんたって本当ならば威張っていてもいいくらいの歳になったのだから…でも俺は、歳を取ったからって別に偉そうにしたりなんかしないけどね、そういうのに踊らされるのは愚かしいよ、年齢とか、肩書とかさ、そういうの…そんなわけで俺は袖を少しまくり上げて洗い物を済ませた、ひとり暮らしだ、少しくらい溜め込んでもたかがしれている、鼻歌一曲分で出来上がりだ―さてこれからなにをしようか?そう考えていたところにもう一度電話が鳴る、携帯電話を持つのは半年前にやめてしまった、大した理由はない、ポケットがひとつ開くからとか、そんな程度の理由の集合だ、友達には若干不評を買ったけれど、家には電話があるわけだし、そんなに重要な事態じゃない、と言い聞かせた、向こうもそれで納得してくれた、だいたい、電話を持ち歩くことは必要か必要でないかといえば、俺にとっちゃべつにそんなに大事なことでもない、俺に連絡をとりたがる人間なんてそんなにいないし、本当にアクセスしたいやつは必ず有効な手段を使う、いきなり訪ねてくるやつだっている、そして俺は、そいつを必ず迎え入れる、そもそも、近くに住んでる友達がそんなにいないというのもあるけれど…この田舎町にゃ、俺を楽しませてくれる人間なんてそんなに居はしないのさ―皿を洗った後は少し身体を鍛えた、肉体がリズムを維持し続けるには、トレーニングはしないよりはしたほうがいい、自分にとってちょうどいいリズムというのは、生活の中に自然に溶け込んでいく、ライブの時にドラマーが耳に突っ込んでるクリックみたいにさ、そのリズムによって活動する自分というものが出来上がる、もしもそいつがなにかしら文章を書いたりしているなら尚更だ、それは自分自身の奥深くをまさぐるのに絶対に役に立つ、そして損をすることはない、だから俺はある程度のトレーニングを欠かしたことはない、どこかが弛んだり浮腫んだりすると、それだけ反応速度は遅くなってしまう…俺は、持論というのはある程度イメージとしても体現されるべきだと思っている、なんといえばいいかな、ある種の厳しい世界について語るときに、そいつが酷い肥満体系だったりすると、なんだか聞きたくなくなるだろ?簡単にいうとそういうことさ、もちろん、そんな型枠のことなんて気にしないやつだっている、だけど俺にとっちゃこれは、表現のひとつなんだ―というわけ、それはともかく、汗をかいたら一休みして、インターネットで面白いものを探す、たまにはテレビをつけることもある、でも、近頃はテレビなんて、観たこともない番組を観る物珍しさくらいの楽しみしかなくなってしまった、外野でいるしかない無能な大衆の声を気にし始めてから、テレビに出来ることはなにもなくなった、ある種の必要悪は必ずテレビから学んだ、俺たちの世代は…なんだか少し寂しい気がしないでもない、人気のバンドが新しいシングルをリリースするというニュースをやっていた、お坊ちゃんが趣味で始めた音楽がその筋の人の耳に止まってロックというジャンルのアルバムをリリースしてます、っていう、最近のロック・バンドの雰囲気はものすごく嫌いだね、新しいものを受け入れられない年寄りのたわ言だって?違うね、これはそういう話じゃない、もっと言えば、そういう次元じゃない…俺たちが子供のころ耳にしていたものは、そうしないと生きていけない人間たちが歌うばかりだったよ、まあ、そのころ歌ってた連中も大半はあの世へ逝っちまったけれどね、でも一番の年寄り連中は、もうすぐニューアルバムを出してワールドツアーをするって言ってるよ、まったく、ゴキゲンな話だと思わないか、俺も70ぐらいになっても偉そうな顔なんかしないで、自分がやるべきことだけをがむしゃらにやり続けたいもんだぜ、ねえ、もしかしたら、「とっとと死にたい」って思わなくなったその瞬間に、人は思春期を捨てるのかもしれないね、いや、子供のような気持ちっていくつになってもあるよ、でもそれは、思春期とは絶対に違うものなのさ…。


自由詩 I Won't Grow Up Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-10-14 21:42:15
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