呼ばれて振り返ると誰もいない
こたきひろし
チチ危篤の時も
ハハ危篤の時も
私は
馬鹿みたいに冷静だった。
子供の頃
母親に言われた事がある。
それは祖母が急に倒れてその日の内に息を引き取った日だ。
夜。
親類や身内。近所の人が生家に集まると
祖母の枕元で母親がいきなり泣き崩れた。
姑の死を悲しむ嫁を見事に演じて見せたのだ。
私は可愛げのない子供だった。
子供ながら母親の嘘を見抜いてしまった。
私は典型的なお婆ちゃん子だった。
いつも祖母のあとばかり追いかけて、母親にはなつかなかった。
その時私も母親につられたように泣き出した。それが優しい孫の姿だと鋭敏に感じ取って。
すると周りの大人が言った。
ひろちゃんはお婆ちゃん大好きだったからね。
そしたら母親が思いもよらない言葉を口にした。
この子はそんな子じゃないわ。心底冷たい子供なの。
小声で言った。我が子にだけ聞こえるように。
母親の言葉に
私はいっとき激しい近親憎悪の嵐に飲まれた。
母親もまた見抜いていた。腹を痛めて産んだ子の正体を。
私は生まれつき誰も愛せない存在だった。
そして誰からも愛されない存在だった。
チチ危篤の時も
ハハ危篤の時も
私の心の波長にほとんど乱れはなかった
と思う
と
記憶している。