韜晦でちらさないで
よく読み
分かろうとしますから
その訥々な心にあてがわれる
麦のような言葉で
叩いて下さい
一つも難しいことはない。一つも簡単なことはない。難しがる自分と簡単がる自分がいるだけだ。
こういう当たり前を記すと、文字として当たり前が沈着する。沈着した文字は
故郷になる。帰って来られる拠り所として。こんな当たり前な事情を記しながら、あなたの時間のことを思う。あなたの星の刻を。というより、主に星になれぬ刻を。
あなたは
故郷を忘れはしないが、今はやるべきことがあり、
故郷も星の刻も今のあなたにはない。ない。ないのだ。あなたはそれを知っていて、ないままに律動をする。なぜそうなるかの謎と共に。
あなたの星になれぬ刻の核をなすのはしかし、星の刻だ。そして星の刻のなかにこそ、あなたの星になれぬ刻は律動する。いきさつは重要か、それは分からない。ただ有ることと、有ることの来歴のあいだに何が横たわり、また、これから有ろうとすることと、有ることのあいだに拡がる
洋の海図を、把握することが出来るかは分からない。
しかし、あなたがおそらくそうであるように、内包しつつ、茶碗を洗いたいものだ。そして洗いながらに内包を忘れ、洗うこととなり、果てはただ茶碗を洗いたい。船が港にもどるように、鳥が巣に帰るように、精神は旅を重ねるだろう。
あなたはあなたをどこまでも訪ねていく。いささかのドラマチックさを上目遣いに観ながら。こうして詩にしてしまうとどこか美し過ぎるが、項垂れることはない。つねに中心からは離れてゆく軌道をもった世界は、予め定められた昔を未来に取り措いている。一つの喜びを垂らせばよいだけかも知れない。波紋は育つ。それはあるがままに忠実に育つことだろう。
一つも難しいことはない。一つも簡単なことはない。難しがる自分と簡単がる自分とがこうして終わりなき論争を繰り広げるが、陽が昇り沈むそのさ中にあって、地平線だけが美しく沈黙をしている。