とうめいな体験
平井容子

明け方から空はおもく
だれも重力からはのがれられない横顔で
つたい落ちる街の額を
始発がつーっとひらいていった

開拓者たちのネイビー
捕食者のパープル
シスターたちのピンク
嘔吐する少女たちは黄色く砕けて
歌いだすやいなや燃えるバリヤ

豆腐屋さんの明かりがつき
新聞はとうかんされる
手あかにまみれた黒服も
なめらかな夢路をすべる
あらゆる猫は
一生にいちど同時に目を閉じる

長い時間をかけて抱かれたあと
山から吹く海風をしたがえ
帰宅するマリヤと交差する
もう帰れないこここそは
好いて空いて透きとおる座標でした


自由詩 とうめいな体験 Copyright 平井容子 2020-09-05 01:43:46
notebook Home