休日
山人

 ここ二〇日ほど勤務や家業で、休みなしに働き、体に違和感を感じていた。
 朝方、今日の弁当は?と妻に聞かれた。十三日から開始した登山道・あるいはその周辺の除草作業だったが、そのきつさや膨大な作業量を察知しない妻の能天気な声に思わず苛ついてしまった。憮然と、今日は休まなきゃならない、と言う。できれば、このお盆中に古道の除草を終わらせることが出来たのだが、咄嗟の家業と重なり、丸一日計画が狂った。
 十三日、勤務は盆休暇となり、午前中だけ登山口付近の大駐車場とその周辺を除草した。午後からはわずかな常連のお客さんのために仕入れや掃除、仕込みを行った。家業と名の付く限り、都合のいい客だけを相手にするわけにもいかず事務的に仕事をこなすことに徹した。
 十四日、未明まで客の相手をし、正午前から昨日の続きを行う。駐車場の車がすべて出払ってから実施しなければならない箇所もあり、結局夕刻まで掛かった。

 このように、車横付けできる登山口周辺の除草作業は気楽なものだが、十五日からはザックを背負い、刈り払い機を担いで山道を歩く。
 何年も前に水害によって橋は流され、その代わりに数年かけて川二つを横断する洗い越しが建設された。川二つをコンクリートで固め、その流れの真ん中に巨大な塩ビの管を通した構造物である。川の水が氾濫してもその洗い越しの上を水が通過することから、「あらいごし」という工法なのだが、幾分水が通ると思われる部分は凹みを大きくしてあり、軽トラックやジープ系の車高の高い車でないと渡るのは困難であり、自分の車は手前の本道の近くに停車し歩きはじめた。
 また、はじまったのだ。その思いが強い。
 林道は田代林道と呼ばれ、古くはマイクロバスで湿原まで入れた時期があった。しかし、一〇年前の水害で林道の一部が崩落、数年後には川の氾濫で橋が欠損、その後も林道各所がところどころ崩落し、車が入れない時期が続いていた。最低でも人が渡れる施設を切望されていたため、昨年度に軽トラなどがが渡れる洗い越しの施設が完成したのだった。
 洗い越しを過ぎるといつもの林道がそこにあり、草は繁茂し一般車が立ち入れる状況ではない。しかし、そこを走ってくる軽トラックが二台居た。地元のキノコ愛好家の方々で、夏から初秋にかけて収穫できる幻のキノコを求めて入るという事であった。その荷台に途中まで載せてもらい、彼らと別れ作業に入った。
 作業中にイタヤカエデの皮が剝けたところにミヤマクワガタが数匹樹液を求めて集っていた。アリも多く他の甲虫もいた。イタヤカエデからメイプルシロップが抽出され、それを狙ってイタヤカエデに多くの抽出液を搾取する用具を見ることがあったが、やはり虫たちにとっても御馳走なのだろう。甘味などあるかないかという微妙に水に近い味ではあるが、彼らにとっては甘露のようなものなのだろうか。そう言えば猟人であったころ、ウサギが齧ったブナの皮を齧ってみたことがあったが、苦みしかない、とても食べ物として味わえるものではなかった。しかし、彼らにとって美味しいとされる春先の緑の葉っぱですら人間が食えば苦くてとても食えたものではないが、これがウサギにとっては御馳走にさえなり得るのである。そんなぎりぎりのところで人は生きれないのだ。
 この田代林道は洗い越しが施されたとはいっても、数キロしか車で入ることはできない。あとは草藪で道は傷み、ほぼ山道と行ってもいい。
 背中には燃料・弁当・救急用具や避難用具・工具・水・替え刃などが所狭しと押し込まれ、それを背負いながら刈り払い機を操作しなければならない。その作業中にどれだけの事柄が頭の中に現れては消え、また別の事柄が湧きだしてくる。それも何一つポジティブな事柄は皆無で、不安や妬みや、そんなもので支配されながら刈り続けているのだ。
 一時間作業すると、体は嫌気に支配されるが、そこを乗り切ると二時間の作業が達成できる。勤務仕事での三〇分休憩は意外に長く感じるが、一人仕事、しかも、荷を背負いながらの刈払い作業というのは、全身運動となり足腰にも負担があり疲労度は増すのだろう。
 三時までと決めていたが、目的の場所まで到達することはできなかった。雷の音を確認したせいもあり、その手前で引き返した。刈り払い機をデポし、翌日(本日)来ることも考えたが、天気も悪い予報なので浄く断念。

 四月末に手術をし、まだ予後は半年間の様子見という期間である。自分の体は自分が良くわかる、と言うが、そんなことは無いのであって、どこから不調が咄嗟にやってくるのかわからない。そんな体と折り合いをつけながら過酷な山仕事に入っていくという自分はバカと言うしかないが、それしか食えないのならやるしかないのだ。だから、虫や動物がなけなしの体で腐敗したものや、苦い皮や葉を食うのは何となくだが解る気がする。
 朝五時に遅く目覚めた。天気はやはり雨が強くなったり止んだりと、とても山仕事に行く天気ではない。もう四時間以上何もしていない。いや、何もしなくていいのだ。休日なんだからと自分に言おう。


散文(批評随筆小説等) 休日 Copyright 山人 2020-08-16 09:08:25
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