毒水
アンテ
毒水をコップにくんできて
テーブルに置いた
毒水は透き通っていて
普通の水と変わらなかった
そのままにして暮らしてみたけれど
普段どおりに食事をしたり
普段どおりに眠ったり
普段どおりに花を育てたり
してみたけれど
うっかり間違えて毒水を飲んだりは
しなかった
昼 窓辺でひなたぼっこしているときも
夜 ぼんやり音楽を聴いているときも
わたしの目は
絶えず視野のすみにコップを映していた
あたたかい午後
チャイムも鳴らさずに
名前しか知らない人がずかずか上がり込んできて
勝手に椅子にすわった
駄目よそれは
その人は勝手にコップを掴んで
おいしそうに毒水を飲んだ
喉を鳴らして毒水を飲み干した
毒水じゃなかったのかもしれない
時間がたって
毒が消えてしまったのかもしれない
コップの底に
ほんのすこしだけ毒水が残っていて
その人は水道水を注ぎたして
コップをテーブルに戻して
ずかずか部屋を出ていった
とても静かになって
なにかが部屋じゅうに濃密に沈殿していて
あーあ喉かわいちゃったな
さりげなく言ったつもりなのに
別人みたいな声だった
わたしじゃないみたいな手で
コップを掴んで
わたしじゃないみたいに
コップを口に運んだ