短い読み物を2つほど・・・ 良かったら読んでください。
ベンジャミン
妹
次郎の妹は、だいぶ前から次郎にしか見えなくなっていました。
次郎は最初の頃、自分には妹が見えるのだと喜んでいましたが、お父さんやお母さんが、次郎が見て見てと言うたびに泣いてしまうので、自分の胸のうちに収めておこうと決めました。
最近は雪の毎日ですから、妹の着ている服の色と一緒なのでとても見えずらいです。
それでも、雪の色よりはやや薄桃色の頬や、黒目の大きな瞳がキラキラしているので、次郎はすぐに気づくことができました。
北の果てから聞こえてくるトタン工場のがったんがったんが始まると、それが合図のように呼ばれたような気がします。
それは風なのか音なのか香なのかわかりませんが、次郎にとってはそんなことよりも妹に会えることが嬉しかったのです。
春が来れば雪もとけて、妹がもっとはっきりと見えると思ったりもするのですが、お父さんやお母さんが
「春になったら花を摘んで会いに行こうね」
なんて、悲しい顔でいつも言うので、
次郎はなんとなく、このまま冬であればいいのにと願っていました。
今日も、がったんがったんが聞こえてくると、
次郎は仏壇のロウソクを吹き消して、嬉しそうに窓に近づきます。
はぁと息で曇らせてそれをぬぐいながら、妹の写真を映した窓に話しかけるのでした。
疑うこともなく、
がったんがったんと響いている記憶のような
泣くこともなく、
妹が笑っているかぎり、話しかけるのでした。
カオリちゃんの憂鬱
カオリちゃんの憂鬱は鏡の中にありました。
鏡の中の自分の顔がどうしても自分の顔だと思えなかったのです。
笑顔もぎこちないし、すねたらみっともないし、ぜんぜん納得がいきません。
ある日
学校に向かっていたカオリちゃんは、なんとなく気分が良かったので、前を歩く小林君に笑顔で「おはよう」と言いました。
すると小林君も笑顔で「おはよう」とかえしてくれたのですが、その時
カオリちゃんは自分の顔を見たような気分になりました。
それはとっても不思議な感覚なのですが、確かに、小林君の笑顔に自分が見えたのでした。
そして、その日から
鏡の中の自分の憂鬱が消えてしまったのです。
不思議です。とても不思議。
次の日には、小林君のことが好きになってしまったのですから、それはもう不思議でしたが、なんとなく納得できてしまいました。
この文書は以下の文書グループに登録されています。
散文集