ミュート
からふ

リップクリームの溶ける温度から急速に冷めていく唇に
強引にすべらせていく言葉
その摩擦熱は誰もいない理科室で
どの水槽にあてはまることもなく爪先に滲んでいく
金魚はしゃべれない




爪先から溶けてしまった薬指と中指が混じり合って
かすれた音がビーカーの底に埋もれていく
そこに無造作に吐き出されてゆく二酸化炭素を僕は噛み締めていたかった
何も聞こえない様に
誰も知らない野良犬の葬式みたいに
そしてやわらかい過呼吸を繰り返す
残った人差し指は唇にあてて




金魚が喋れるようになった頃
きっと僕の鼓膜は振動の仕方を忘れてしまっていて
意味をなさない音たちは
あてはまることも滲んでいくこともできずに
水槽を泳ぎ続けるのだろう




さようなら
今夜も沢山の言葉たちが次々に眠りにつき
すべての輪郭を飲み込んでいく
それなのに金魚はヴェテランのピアニストみたいに平気な顔をして
無機質にガラスの向こうを見ている



                    







自由詩 ミュート Copyright からふ 2005-04-14 22:18:43
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