新たな起点
ただのみきや


時間もその都度仮面を変える
あなたの役どころに呼応して
悲劇には悲劇の 
喜劇には喜劇の
だけど時折場違いな仮面
ピエロの場面に憂いの真顔とか
隠した心を見透かすように
頼みもしないのに




**

あなたは
無数の他者である
無駄な統合はあきらめなさい
完全性と全体性は矛盾する
世界は矛盾故に絶えず血を流す一つの混沌
人もまた小さなそれである




故郷

故郷 それは記憶

懐かしい それは
呼び覚まされた記憶の感情
帰りたい それは
場所ではなく時間
帰れないからこそ輝きはいや増して
黄昏の光彩を帯びる
秋に手招く稲穂のように

むかし遊んだ空き地には家が並び
砂利道も整備されて広く溝もない
微かに憶えていた建物も消えている
だけどもともと
はっきりと自分で触れ
心を揺らしたもの以外
すべては曖昧な壁紙のようではなかった
幼い頃なら尚のこと

いま生まれ育った場所から離れ
よくわからない建物に囲まれているが
目の前の空き地には
見慣れたイネ科の雑草が生い茂り
(あの穂の部分をするっと引き抜いて
沢山集めて戦争とか言ってぶつけ合ったり
紋次郎みたいに咥えて気取ってみたり――)
まるで扇がれた手妻の胡蝶
あまりにゆるやかなエゾシロチョウの羽ばたき
いつ終わるとも知れない雲雀のさえずり
陽射しを頭に浴びながら
懐かしさが沸々
記憶の故郷を取り出して
母の乳房をまさぐるように 半眼で
外界と内界を重ね見ながら

故郷 それは持ち歩くもの

「捨てた」「忘れた」は
無意識へ沈めただけのこと
夢も出来事を粗材にした内的現象
人生を形成する一側面
少しずつ夢の色味は記憶に染みて往く
年月を経て神々しいまでに

死ぬと故郷へ帰って往く 
そんな話を聞いたことがある
死の寸前 その刹那
コンマ一秒が引き伸ばされて
夢も現も区別なく記憶の蔵が一挙に開き
懐かしさが迸り 記憶がからだを持って
ずっと満たされなかったものが今や満ち満ちて
太陽のように輪郭のない光に包まれ眩みながら
意識は溶け去るように消滅する
そんなことが あるのかないのか
時が来るまでわかりはしない

故郷 それは創り上げるもの

「人はどこから来てどこへ往くのか」 そんな問いに
聖書やコーランの説く
唯一絶対の神を信じたくないのなら
「人は混沌から来て混沌へ帰る」 そう答えたら良い
人は故郷を創るために生まれて来て
生涯かけて来た場所と帰る場所を創造(あるいは捏造)する

「――ああ懐かしい故郷 
     麗しい故郷 
      いまわたしは帰ろう 」

自分を産んだものを孕み
自分が産んだものの胎へ
還って往く
  ウロボロスのように

故郷 それは未完の楽園 

夢と現実のどちらで齧ったかわからない
銀河で遺失した一個の林檎
わすれられない 思い出せない味




                       《2020年7月4日》









自由詩 新たな起点 Copyright ただのみきや 2020-07-04 20:11:17
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