風のテラス
草野大悟2

 オリビアニュートンジョンの「そよ風のメロディ」が流れている。
 初夏の涼やかさを邪魔しないほどよい音量で。
 午前七時。ゆるやかに風が吹いている。
 ほうれん草を混ぜ込んだポパイパンを齧り、苦めのコーヒーを啜りながら窓の外に目をやる。
 窓は、全面ガラス張りだ。
 直近に、ロココ風のこじゃれたテーブルセット三組がさりげなく置かれている。その先の手入れのいきとどいた広々とした庭園には、イロハモミジやサルスベリなどの樹木が、一見、雑然と植えられており、それぞれの葉が様々な色に揺れ輝いている。

 庭園の中心に、高さ三十メートルはゆうに超えていると思われる明るい灰色をした鉄塔が聳(そび)えている。残念なことに、俺のお気に入りの窓際の席からは、脚の部分三分の一程度が見えるだけだ。
 鉄塔の周りを囲む高さ四メートル程のチャコールグレイの金属柵には、
あぶない 
この中に
はいらないでください 
と書かれた黄色い看板六枚が結び付けられていて、鉄塔の周りだけ、風が佇んでいるように感じられる。
風のテラス── 
 原稿用紙を持ち込み、この店で書き物をする時、俺は、一瞬だけ、心の奥の奥のずっと奥底を吹く風に出会えたような気がして、ふーっ、と大きな息を吐く。


自由詩 風のテラス Copyright 草野大悟2 2020-05-01 08:18:02
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