偏西風
アラガイs


強い潮風にあたりながら薄味な浜辺を眺めていた。

縦から水平線へと、スマフォの向きを変化させてはシャッターを何枚か切った。
岩をくり貫いたトンネルを抜ければ岩場がある
使われない海藻が密集して漂い、まだ潮の香りはしなかった。

小高い坂道の上から赤いラジコンが滑り下りてきてわたしの足もとでひっくり返る
 
 ぼうや、これはポルシェかね?
いえ、フェラーリじゃないかしら?

確かに、ボンネットの先端に小さな荒馬のシールが貼り付けられていた。

男の子は躊躇もなく車を操作しながら危うい手付きで右往左往と繰り返していた。

若い母親は促すように振り返っては立ち止まる

わたしはいったん坂道を登りかけると何故か急ぎ足で引き返した。

トンネルの近くまで二人連れを追いかけて、後ろから声をかけた。

 せっかくだから写真を撮らせてください。

二人を暗いトンネルから少し明るいほうへと導いて二枚ほど写真を撮る

一枚は足もとのラジコンと子ども
そしてもう一枚に母親が加わる

親子はわたしの言うとおりに立ち止まり
快く被写体を引き受けてくれた。

快晴の今日という日は何人かの母子連れに遭遇した。
そして短い会話をした。
浜風の中、ギターをつま弾く娘や、子犬を引き連れた人妻や老婆とも
まだ肌寒い、この季節の浜辺に母と子どもの姿を見かけるのは珍しい
すれ違う心地よい出合いと別れだった。

家に帰れば話題は感染症で満ちあふれている

夕飯を終えるとまた一眠りしていた。
珈琲でも飲もうかと台所の椅子に腰掛けたところで奇妙な不安に煽られ
それは難民キャンプを襲う強い砂嵐に黒いスカーフが舞い上がり
 何故かしらに、ふと、 あの被写体に撮られた母と子も砂嵐に巻き込まれていたのかも知れない

買ったままシナモン入りのスティックを忘れていたことに気づいた。
時と場所はわたしの想いの中で偶然にも一致する
いつもの夜
潮風の強さがわたしのあたまをよぎっていった。












自由詩 偏西風 Copyright アラガイs 2020-04-17 04:05:12
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