一年間
葉leaf

命より重いもの、愛より深いもの、死より絶望的なものを多孔質の部屋へと注ぎ込み、漂う生の圏域からはぐれて二人影を重ねる。生活は表層において美しく、淵において数限りない汚濁する流れと交わっている。おはようという言葉に先立って相手の息遣いを細やかに聴きとり、たくさんの弧を描くようにまなざしを投げかけ合って一日が始まる。歩き、走り、自動車に乗り、電車に乗り、バスに乗り、地理の絵巻物を手繰りながら異なるこの世の界面へと至り、風景の欠落に自らの欠落を重ねる。二人の間で沈黙は不可能、人間の言葉が沈黙していようと肉体の拍動同士が細やかに交信することを決してやめない。互いに互いのページをめくり、終わりのないそれぞれの本をいつまでも読み続けることで日々明かされていく人間というけだものは遠い。この一年間、二人で初めてすることは数限りなく、そのたびに記念日は擁立され二人だけのカレンダーが作り上げられた。個人史から二人史への移行に伴い、それでも残る個人史と、個人史と二人史のあわいに漂う一人半人史など多数の歴史がそれぞれに新しく流域を拓いていった。複雑に編み込まれていく日々に繰り返しなどなく、差異ばかりが確認されて人生はもはや未知なる渦状星雲である。一年目の記念日に向かい合って料理を食べながら、改めて明かされる過去の真相を前にして、そこにはまた別の真相があることを直覚しながら手探りの道は楽しく神々に満ちている。


自由詩 一年間 Copyright 葉leaf 2020-01-01 15:05:35
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