石のための散文詩
岡部淳太郎

ねむる石のねむれない夜のかたくこごえた思
い出のなかのあらゆる音をききあらゆる色を
みてあらゆる味をなめてあれはとおい海のな
がい砂浜の潮とたわむれる歳月だったあれは
ふかい青空のしたのひろい土地のれんげ草が
咲きほこる紫色の迷子のあいまのかすかな安
堵のひとときだった石はかたくその密度は内
側にいくほどたかく石の中心では石は思いを
こめてぎりぎりまでかたく自らを凝縮させて
いてそれでいて石の外側は欠けやすくはがれ
やすくいともたやすく傷つきいともたやすく
思い出の断片はこぼれおちそのおかげで石の
表面はあまりにもぶざまにでこぼこしていて
日に焼かれて月の無言を通過して思い出は空
のむこうのとてもとおいところからゆっくり
とやってきたあなたが笑うのもあなたが泣く
のもあなたが生きるのもあなたが死んでしま
うのもそれによって私が泣いてしまうのもす
べてやがてはただの思い出とおい思い出すた
めの思い出忘れないための思い出にすぎない
石はやってきてちらばって地のそこかしこに
思い出をつめこんだまま人しれずかえりみら
れることなくあたりまえに存在している私は
石てのひらの中につつみこむことができる小
さな石あなたは私をつかんで川のながれるほ
うへとほうりなげるあなたは私につまずいて
膝をすりむく私の中ではとおい思い出がねむ
らずにねむれずにいまもこの夜にずっとある



(二〇〇五年四月)


自由詩 石のための散文詩 Copyright 岡部淳太郎 2005-04-07 23:53:18
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