あ、
AB(なかほど)



痛覚レセプタ

ちょびひげのおじさん、今でもフィルムの向
こうから笑わせてくれる。拳を振っている。
誰もの幸せのために戦っている。そのときに、
必ず痛くなるものをさらけだしている。足元
には花が咲く。そのために振り上げた拳は、
空をつきぬける。

それは
人の親に必要なものです
人の子に必要なものです
人を愛する者に必要なものです
人に愛される者に必要なものです



  っと

聴こえるはずのない声が
聞こえて
それだけで
泣いてしまいそうだった




扇風機にコエ


あ あ あ あ ぁ


Hくん

君の真似する数学の先生が
とても好きだった

ん、あれだね、あれ
という言葉を発する間に頭の中では
いくつもの公式が飛び交っていただろう
あの先生


Hくん

君の思い出は
もちろん他にもあるんだけど
昨日の報せを目にした後
そうやって一番笑ってたときのことを
思い出したよ ょ


Hくん

東京の大学では
どんな勉強したのかな
そのときの瞳は輝いていたのかな
空を見るようなこともあったのかな
海に叫んだりもしたのかな
あの島の砂浜で
キャンプした夜のように
星は あ あ ぁ


Hくん

星も見えなかったのかな
汚れた空の向こうにさ
いくつもの星があるんだよ
あの夜 見たときと同じような
星が あ あ ぁ



Hくん

幼い娘たちを残して
往かなければならなっかった
友達のことを覚えてるかい
あのときも
もうすぐ虫の声が聞こえてきそうな
そんな夜で ぇ



あ あ あ あ ぁ

   あ あ あ あ ぁ


          あ あ あ あ ぁ


 あ あ あ あ ぁ



どうしよう
また
笑い転げたときの
君の姿が浮かんでくる



扇風機は
声を震わせるためのものじゃない
そうして
泣いてしまうための道具でもない ぃ





人の会話

そういえば一昨日から何も喋ってないと、美
味くも不味くもない中華そば屋で気付いてし
まった。食べ終えてアパートに帰るまでは、
気持ち抑えておこう、と思った先から、残り
半分の麺が全然減らない。

声、出るのかな。まだ、出るのかな。東京に
も、こんなに静かな夜の場所があったのかな。
という思いが、油っぽい湯気に捲かれるとた
まらず、

 あ

と声が漏れた
すると、店の隅のほうからも

 あ

と声が漏れた。湯気の向こうの鍋の向こうか
らも

 あ

と漏れてきた。

みんな、もう少し、もう少し生きてみるか。
がんばるのも、がんばらないのもいいからさ。
せめて、誰かのために優しくなりたい。

誰かが引き戸を開けて入ってくると、もう、
その会話は途絶え、僕は残りの麺を一気に、
すすった。








自由詩 あ、 Copyright AB(なかほど) 2019-11-19 20:36:40
notebook Home