悪夢とビニール・ジャングル
岡部淳太郎

ビニールが
     いきなり君の顔にはりつく
突風にあおられて
(どこから吹く どこに吹く 風)
君の顔面に
呼吸を奪う透明な仮面
ふと見渡すと
群集のひとりひとりに みな
ビニールの仮面がはりついている
肌に癒着して
取れない

歩く
  あるいは歩かない
          透明な
             仮面の行列

その夜 君の眠りの中に
           魔物が現われる
ベッドに横たわった君の身体の上に
何かが重くのしかかり
ケルベロスやらセイレンやらヒュドラやら
それはもう明らかな悪夢
仮面の人々はみな
うなされて
縛りつけられている
その間ずっと 時計は止まっている
馬 夜の馬
長い夜
その窓の向こうで吹く風
(どこから吹く どこに吹く 風)
君は悪夢と癒着して
動けない

眠る
  あるいは眠らない
          透明な
             仮面の群集

時計はゆっくりと
思い出のように動き出す
君の顔にはまだ
       ビニールがはりついている
君の脳裏にはまだ
        悪夢がはりついている
不可能な呼吸を
繰り返して
君は仮面をつけたまま 歩き出す
人々もビニールの仮面のままで 出勤する
ケルベロスやらセイレンやらヒュドラやら
それらの魔物たちは傲慢に笑う
笑いは風に乗って
街の隅々にまで行き渡る
(どこから吹く どこに吹く 風)
仮面の人々は
いまや馬と交尾して奇怪な子を生み落とした
そのものの名を呼べ
日常は異常と癒着して
もうもとには戻らない

死ぬ
  あるいは死なない
          透明な
             仮面の葬列



連作「夜、幽霊がすべっていった……」


自由詩 悪夢とビニール・ジャングル Copyright 岡部淳太郎 2005-04-05 00:08:43
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夜、幽霊がすべっていった……