風景観察官の手紙
朝倉キンジ

   
バージェス化石群のうかぶ
地底の暗がりで
水晶の音を聞きながら
ねむっていた
あなたへ

拝啓

東北本線の夜行便が
山沿いの陸橋をちいさくわたり
けわしく青らむ空の奥には
星が灯りだしました

今はほのかに
湿気に溶けた百合のエステルが
私をつつみ 
山ぼうしは冷たいかげを
空になげています

むこうではさっき見かけた人影が
あらたまったように
河原の石をこつこつ踏みながら
手は星あかりにかざし
敬虔に プレセペ星団の
極座標をはかっているようです

星はあんなふうに
清い態度で臨まれる
新鮮な客体でしょう
寒い今頃なら
すべての生き物がそう感じ

雁はアルビレオの
青色とみかん色の灯を
誰かの造った 
みんなの文明オブジェなんだと
考えて満足げにうなずきます

じっさい 冬の連星は
見えない世界から
透明な巨大原理で
浮かべられている
何かの細工のようですし

むこうまで
水や気体が怖いくらい
いっぱいなのだから
考えが届きません

あなたは 博物館風の空調が香る
暗い道をいったとき
高次ユークリドのひもを信じて
ふり返り ふり返り
歩いた距離を確かめながら
私にその道の印象を伝えてくれました

ですから
今夜 私のしぐさは
この未知の前方でわずかにも
さびしい照明をともし
身を構えていられます

もうさっきから
南の空ではさそりの赤い火が
ゴシック式にきらきら燃えています
赤い色がここまで届きます

誰にも行かれない場所で
水素がずっと燃されるかなしさと 
大気がゆらいで星が明滅すること

いま太白山に透明な後光がたちのぼり
水鳥がひとつ鳴きました

ではさて 私は私の責務を果たします

あなたもお元気で  さよなら





自由詩 風景観察官の手紙 Copyright 朝倉キンジ 2005-04-04 13:01:09
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