まねごと――喪失目録
ただのみきや
開き切った青の深みに呼ばれたか秋津は震えて空に溶けた
梯子を失くした煙が人のふりをして野山をうろついている
透けたくびれには永遠も一瞬もないただ砂の囁きだけ
鴉が落とした胡桃のせいで太陽が眼裏まで追って来た
もう嫌になったと鴉が自殺した解釈は真実を覆う
しじみ汁ねぎの青さを噛みしめてカチャリカチャリと箸で弄り
斥候の命は必ず奪い取る赤も黒も蟻は残らず
釣り人を遠くに見やり目を細めるすっからかんの秋の空だ
車の後ろで着替える女がいる土曜のまだ涼しい頃に
着る服を迷う季節に海に来た白い貝殻なにも語らず
剣を握ったまま倒れた薊へ虫たちが哀悼を捧げる
白髪は二度目の花か風に舞い夢の揺り籠遠く旅立ち
雨籠に閉ざされ眠る鵯の餓えた心誰が癒すか
朝顔の汁を絞った娘たち今は仮面の劇に溺れて
二人が時計を合わせることはなかったから恋は棺の中まで
筋道の見えぬものにも筋はある昔語りに消しゴムの跡
手招くか別れを告げるか芒の穂老人ホームの窓に向かって
母恋し父恋しと泣く大人たち亡くしてやっと子供に還る
身を澄ませばいくつも痛みがある夕暮れの蜜蜂の黄金よ
西日射す車の中で詠んだ歌帰り路すら分からないまま
《まねごと――喪失目録:2019年9月14日》